伊達や酔狂ではありません
長槍を肩に担いだ私の相棒、ハルキがギルドに入るとギルドにいた冒険者の注目を集めました。彼はそれを無視してカウンターに行くと、今回の冒険で手に入れた魔石を乱暴にカウンターに置きました。
「これが依頼されたボウゲンドキュンの魔石だ。Cランクに昇格って事でいいんだよな?」
「・・・確かにボウゲンドキュンの魔石ですね。奥の部屋にお願いします」
魔石を確認した受付嬢さんは私達を奥の小部屋に案内すると、ギルドマスターをお連れしますと言い残し部屋を出ていきました。
「ちっ、こちとら神槍のスキル持ちなんだ。一気にSランクでいいじゃねぇかよ」
室内にあった椅子に座り、机に足を乗せたハルキがぼやきました。私はハルキと幼馴染みの日本人です。高校の入学式に行く途中、光に包まれたと思ったらこの世界の草原に居ました。
近くにあったこの町に逃げ込んだ私達は、中世ヨーロッパに似た町並みから異世界転移だと推測。二人ともアニメやラノベでそういった知識はあったので冒険者ギルドを探し登録しました。
その際の検査でハルキには神槍、私には賢者のスキルかある事が発覚。ギルドの訓練所では産まれて初めて槍を持った筈のハルキが模擬戦の相手を圧倒して勝利し、私はあらゆる属性の魔法も使う事が出来ました。
ハルキはCランクの相手に勝った事から相応のランクを要求しましたが、特例は認められないと最低のFランクからコツコツとランクを上げ、今日漸くCランクへの昇格依頼を達成したのです。
「待たせたね。私がギルドマスターのミレーヌだ」
扉を開けて入ってきたのは、ある意味お約束のギルドマスターを名乗る幼女でした。
「幼女がマスターなんて、ラノベやアニメの中だけだろ。どうせ、偽者のマスターか見破れるかを試そうとしたんだろうさ。嬢ちゃん、こっちも暇じゃないんだ。早く本当のマスターを呼んできてくれや」
幼い子供に対して大人げない態度のハルキに眉をひそめましたが、私も試されたので気を悪くしていたので何も言いませんでした。
「想像通りの奴だな。生憎、私が本物のギルドマスターだよ。信じる信じないは勝手だがな。さて、君達は晴れてCランクに昇格した訳だが、Bランクへの昇格はまず不可能だと諦めてくれ」
「はあっ?神槍の俺と賢者のナツミだぞ?今すぐSランクでも可笑しくないだろう!」
この世界のギルドには、ランク固定という制度があります。ギルドの規則により、ギルドマスターがギルド員の昇格を制限出来るのです。
私達はそれを言い渡されました。しかし、私達には他の依頼の最中に現れたAランクの魔物を無傷で狩った実績があります。彼の言うことは無茶でも何でもないのです。
「そっちの嬢ちゃんもこいつと同意見かい?」
「ええ。私達ならばSランクの魔物だろうと狩れる自信と実力はありますから」
どう見ても小学生の幼女に嬢ちゃんと呼ばれた私は、怒りを込めて答えました。
「賢者が聞いて笑わせる。愚者の間違いじゃないのかい?」
「いくらギルドマスターでも聞き捨てなりません。そこまで言うのならば、根拠を示して!」
威嚇の為に風の砲弾を作り出しましたが、ギルドマスターが指を鳴らすとたちまち霧散してしまいました。
「魔力の密度も練りも制御も甘い。だから簡単に無効化出来る。それでSクラス?笑えない冗談だね」
そう言って立ち上がったギルドマスターの姿は、幼女から輝くよくなエルフの美女へと変化していました。
「高位の魔物には、姿を偽る物だっている。外見だけで判断する奴は、まず生き残る事は出来ないのさ。そして、Bクラスからは貴族の依頼も受けざるを得ない。相応の対応が出来ない者には任せられない。だからあんな規則があるんだ。納得出来ないなら脱退するんだね」
「ちっ、一旦は受けてやるさ。だが、他の支部を通じて文句は言わせてもらう」
「好きにすればいいさね。カウンターでカードを受け取って帰りな」
小部屋を出た私達は、カウンターで新しいカードを受けとると宿屋に帰りました。
「ムカつく!絶対にあのクソマスターにざまぁしてやる!」
「確かに、あれはないわよねぇ」
受けている依頼が無かったので、私達は王都の本部を目指して移動する事にしました。朝市で食料を補充し、午前中に町を出て
途中にあるフラグダ村に着きました。
村に入るため冒険者カードを見せると、門番さんは一瞬落胆したような顔になりました。
「すいません、実は近くにAランクの魔物が出てまして。依頼は出したのですが討伐の冒険者が来ないのです。それで期待してしまいまして・・・」
門番さんの言い訳を聞いた後、村で唯一の宿に腰を落ち着けるとハルキがトンでもない事を言い出しました。
「その魔物、俺達で倒そうぜ。ギルドより先にCランクの俺達が倒せば、あのマスターの顔丸つぶれじゃん」
「そうね。上手くいけば昇格出来るかもしれないし」
翌朝、門番に問題の魔物が出たという場所を聞いた私達は討伐に出掛けました。
「可笑しいな、この草原と聞いたのに」
「居るのは雑魚ばかりねぇ」
言われた草原に来てみれば、居るのはEランクのホーンラビットのみでした。
「全く、こいつら目障りなんだよ!」
イラついたハルキが一匹のホーンラビットに槍を繰り出しました。オーガの骨から削りだされた穂先は、柔らかなウサギの肉体を容易く貫通する筈でした。
「なっ、消え・・・グッ、グフッ!」
「え、嘘、ハルキ?」
私はあまりの光景に何も出来ませんでした。槍に貫かれた筈のホーンラビットが、その長い角でハルキの胸を貫いていたのです。背中から突き出た角の先端からは、赤い液体がポタポタと滴り落ちていきます。
「イヤァァァ!ヒール!ヒール!」
紅の血が溢れだす背中の穴に手を当てて必死に治癒魔法を発動させますが、傷口は少しも塞がってくれません。
そして私は気付く事が出来ませんでした。ハルキを貫いていた角が無くなっていた事を。そして、その角の持ち主が何処にいるのかを。
突然の痛みが胸を走り、反射的に下を向きました。純白のローブを持ち上げる豊潤な膨らみの片方から、先程までハルキの背中から見えていた角が生えていたのです。
「カッ、カハッ!」
口から溢れる血液で、魔法名を唱える事も出来ません。次第に薄くなっていく意識の中で、思い出したのは昨日会った美しいエルフの言葉でした。
高位の魔物には、姿を偽る物もいる。
このウサギがそうだったのでしょう。そうでなければハルキの槍をかわしたりハイリザードマンの革鎧を貫いたりなど出来ません。
ギルドの規則は、ギルドマスターの言葉は正しかった。後悔の涙を流しつつ、私の短い一生は幕を閉じたのでした。
「マスター、フラグダ村から報告です。あの二人、死んだようですよ」
「忠告も無駄だったか。規則は伊達や酔狂であるのではないのだがなぁ。なあ、この書類もう少し減らないか?」
「だめです。また抜け出したりしたら、書類が倍に増えますよ」
机に積まれた書類を前に泣きたくなったマスターは、愚かな冒険者の事など忘れ書類仕事に専念すらのでした。