第19話 首を獲りに来ました
闇夜を月明かりとたいまつの光で照らす戦場。響き渡るのは雷の爆発音と刀を交える音、怒号と悲鳴……。男はそんな戦いを後方で眺め見ては薄気味悪く笑っていた。
その男というのはフルオリド・マースデン。人間の王だ。
「ははは、あのゼオライトが焦っているぞ。なあ、君も良い気味だろう。“きみ”だけに」
「……そそそ、そうですね」
「……今のは笑うところだ。ちっ、面白味がない女だ」
「ご、ごめんなさい!!!」
幼い少女は全力で頭を下げ、艶やかなボブの黒髪で顔を覆わせた。
「はあ……。無能な娘を持つと苦労するよ全く。まあいい、今は気分が良い」
フルオリドは大きな鎌を肩に立てかけて鼻歌を歌いだした。幼い少女は気がついた。彼がとなりのト○ロを歌っていることに。
気まずい空気が二人の間を流れる。
「ん~、そろそろ第2段階に進むかな。はは、まさか私が自分の兵士達をも巻き込んで竜巻を起こすとは誰も思わないだろうな。そのために本隊はまだ出していないし。あれらは捨て駒なのになあ……はは」
少女は一人で楽しそうに話しているフルオリドを横目に、心配げな表情で戦場を見つめた。
すると一瞬。目の前を鋭い銀色が走ったかと思えば、自分の前方に立っていた兵士から赤い血が噴き出した。少女はそれをもろにかぶって、驚き体勢を崩した。
目に入った血を拭うように手でこすり上を見上げると、銀髪おさげの少女が剣を持ちこちらを見下ろしていた。
とても可憐な姿に一瞬見惚れるも、すぐに我に返り、
「て、敵……!」
フルオリドに向かって知らせようと後ろを向いた瞬間、彼に一直線に迫る剣が見えた。
「あぶな……!」
キイン
鈍い音が響き渡った。
金髪の魔族がフルオリドに向かって振り下ろした刃は、鎌で防がれていた。
「次!!!!!」
そのかけ声と共に付近に隠れていた複数人の魔族が一斉にフルオリドに向かって斬りかかった。
「ははは、面白いことをしてくれるじゃないか」
フルオリドはそうつぶやくと、防いでいた鎌で金髪の魔族を押し返し、鎌を空に向かって掲げた。
『 帰神! 狂信なる契りのもと 私に力を授けよ 楽の神ファーシル! 』
その声と共にフルオリドの周辺を囲むように風が巻き起こり、襲いかかる剣をはじき返した。一番近くにいたリゼルグが竜巻に呑み込まれる。
「ぐあ!!」
竜巻の風は刃のような鋭さでリゼルグの体を傷つけていく。
「リゼルグ!!!!」
私はリゼルグに向かって駆け寄り、地面に倒れ込んだリゼルグを竜巻の中から引きずり出した。凄まじい風の刃が走る竜巻の中に手を突っ込んだので手に傷を負ったが、そんなことに構っていられなかった。
「リゼルグ、しっかりして!」
「りぜるぐさん!!」
トリンもこちらに駆けてきた。リゼルグは体中に深い傷を負い、気を失っていた。幸いまだ息はある。
すると目の前の竜巻が消え、フルオリドがニタニタとこちらを見下ろした。
「魔王の犬が揃いも揃って私を討ちに来たのかい? 帰神を前に太刀打ちもできない無能集団だろうに。その死にかけの彼も何もできないままゴミのように死んでいくのだろうね。苦しいだろう、とどめを刺してあげようか! ははは」
私は言いようのない怒りに駆られた。体の底から沸々とわき上がるこの感情を、止めることができなかった。
私はフルオリドに向かって全力で疾走し、その首に剣を振りかざした。
しかしギリギリのところでかわされてしまった。
「おお、驚いたぞ。魔王の右腕は伊達ではなかったのだな。なぜそこの無能が1手目に剣を振った? 君ならまだ殺せる可能性があっただろう」
「さっきからゴミだとか無能だとかうっさいわね!! こちとらエステルにリゼルグのことを任されてるのよ!! ここで私が何もできずに彼を死なせたとか知られたらこっちが困るんだから! この悪魔が!!」
「ふむ? いまいち何を言っているのか掴めなかったが、悪魔はそちら側だろう。醜い姿だ」
「醜い!? 誰の姿を見て言ってんの? こんな可愛いのに! このエステル様がぶっ倒してやるんだから!」
「ほお、面白い。おい、君たちは剣をおろせ。こいつと一対一で勝負してやる」
そう言うといつの間にか私たちを取り囲んでいた人間兵達が剣をおろした。
いやそれよりも。売り言葉に買い言葉でとんでもないことを口走っていた。私が? この悪魔みたいな奴と一対一で戦う?
「え、えすてるさん……大丈夫なんですか……?」
「いや、ちょこっと大丈夫じゃないかもしれない……かな」
(ああああああああやばい、自分のあほ。エステル力を貸してええええ)
「よし、それでは殺し合おうか」
フルオリドは鎌を私の首めがけて的確に振るってきた。
「くっっ」
私は剣で防ぎ、とっさだったがなんとか反応した。剣と鎌のせめぎ合いになったが、力では負けていなかった。私は鎌の刃部分を地面に向けてたたき落とすと、そのままその柄に刀を滑らせ斬りかかった。あと少しで刃が届く。しかしその時――――
「きゃあああ!」
私の横腹に風の刃が斬りかかった。痛い痛い痛い! 肉が切れる感触。体中の血がびっくりしたようにドクドクと駆けめぐり、斬られた部分が熱くなった。私は倒れた。
血が遠慮なく出ていくことが分かる。このまま……死ぬのか。エステルに申し訳ない気持ちになった。しかしどんどん気が遠くなっていき、薄目に写る気色悪いフルオリドの笑みを最後に、目を開く力もなくなった。
「はあ~あ、魔王の右腕もあっけなかったな。つまらん。まあいい、次はどうする? そこのチビが相手か? それともまた全員でかかってくるか?」
「ふええ、そんな、えすてるさん……!」
トリンは泣き崩れ、地面にへたり込んで動かない。
「なんだ、戦わないのか。それならばひと思いに殺してやろう」
大きな鎌をトリンの首にめがけて振りかぶった。
しかしその刃がトリンに届くことはなかった。つい先ほどまでその鎌を握っていたフルオリドの手が落ちたからだ。
「ぎゃああああああああ、私のて、手が! なんだ!?」
フルオリドが膝から崩れ落ちる。へたり込んだフルオリドに、一筋の影が覆い被さった。
「戦場で泣く腑抜けがどこにおる。全く、わしがいないだけで酷い有様じゃな」
フルオリドが声のする方に振り返った。そこには、さっき倒れたはずの魔王の右腕の姿があった。