第14話 それは初耳ですね
「えすてるさん~あっちにおいしそうなお店が出てる! 行きましょうよ~!」
私はトリンに手を引かれながら大勢の魔族達の間を分け進んだ。ほとんどの魔族達が頭や服に花の飾りをつけている。魔族でもこういう特別な日を祝う習慣があるようだ。
「このお店いい雰囲気ですねえ。ここでご飯食べましょう!」
木でできた赤い屋根の店だった。上には“酒と女と金と”と書かれた看板が吊り下げられている。いやそれで店として成り立つのか。たしかに雰囲気は良いが。それで良いのか。
店の扉を開くと大きなダイニングテーブルが真ん中に置かれていた。ランプに明るく照らされ、陽気な音楽がかかっており、例外なくここも花で飾りつけられていた。端の方には少し小さめのテーブルもある。
私とトリンがその小さめの個別テーブルにかけようとしたその時、
「そこのべっぴんなお嬢ちゃんたちや! そんな静かな所に行かないで寂しいおじちゃんたちと楽しくお喋りでもしながら飲まないかい?」
大きなテーブルの方で大勢で飲んでいた、少し年のいった男の魔族が声をかけてきた。
「今日みたいな楽しい日に二人じゃもったいないだろう! それに見たところお嬢ちゃんたち……宮廷騎士様じゃないか! ぜひ奢らせておくれよ、面白い話でも聞かせておくれ!」
私とトリンはお互いに顔を見合わせた。まあ別に断る理由もないし、私たちは誘いに乗ることにした。
「おごってくださるんですか~やった~! おっちゃん! 最高級ステーキ一つにビール一杯!」
「ちょっと!? 一応形式的にでも遠慮の言葉を述べようよ! あとトリンちゃん、未成年でしょ!? ビールなんか飲んじゃだめじゃない!」
「はあ!? えすてるさんなに言ってるんですか? トリン、22歳ですけど?? えすてるさんと同い年なんですけど!!」
「!?!?」
この異世界に来て一番の驚きだ。私が転移したこと、魔王の右腕だったことを知ったときよりも驚いたかもしれない。いや、うそだ。うそうそうそ。こんな幼い22歳がいるわけない。身体的にも精神的にも。
私が驚きすぎて放心状態になっていると、男たちは笑いながら言った。
「がはははは! 賑やかだねえ。いいぜいいぜ、好きなだけ食べな、ほらそっちのお嬢ちゃんも」
とても親切な方たちのようだ。私はその言葉に甘え、最高級ステーキを頼んだ。え? 何か問題でも? こういうのは厚意に応えるのが礼儀というものだろう。決してトリンのように、お金にたかったわけではない。
「ところでどうして騎士様なんかがこんな町にいるんだ? 滅多に魔王宮からは出られないとかでお目にかかれることなんかないのに」
「へへへ、実はこのえすてるさんの記憶がなくなっちゃってて、何かの刺激になるんじゃないかなーって思ってこっそり出てきたんです」
トリンはえっへんと言わんばかりに、ない胸を張った。
「ほお! それは大変なこったな! あれ? ちょっと待てよ。エステル……?」
男は考えるように黙りこくった後、何か思い出したように大声で言った。
「あんた、まさかあの、黒魔王の右腕のエステル・グレーサー様かい!? ははあそりゃあ大事だ。黒魔王様のお気に入りだったもんなあ……。その噂はよく聞いていたよ~」
「うわ、そんな伝わり方してるんですか……。ん? てか“黒”魔王って? 魔王とは聞いていたけど、そんな風に呼ばれているの?」
「ほう、記憶がないというのは本当なのですね。忘れてしまわれたのですか……かつてこの国にいた……“白”魔王様のことも……」
「“白”魔王!? な、なにそれ初耳……! どうして魔王が二人も……!?」
本当に初めての情報だった。それにかつてこの国にいた……? 今はもういないという口ぶりだ。それにとても重要そうな情報なのに、ここ数日この世界で暮らしてきたにも関わらず一度もそのワードが出てきたことも無かった。
「もお~、おじさん、今は“黒”呼びは禁止されているはずですよ~? 後にも先にも魔王様はぜお様一人です~。あんなやつなんか、追放されちゃって当然です~!」
「おお、すまんすまん、つい……」
追放……? 白魔王は追放されたというのか。そしてトリンはその白魔王のことを嫌っているようだ。どうして……?
「トリンちゃん!! それはどういうことなの!? 詳しく教えて!!」
これはこの世界で生き抜くためには何か欠かせない重要な情報のような気がする。必ず知る必要がある。
「う~ん、そうですねえ。でも今は楽しむ場ですし! 城への帰り際に教えてあげますよ~。まずはこのステーキを食べちゃいましょう! じゅるり」
はあ……全くこの少女は……いや、少女でもなかったか。仕方ない、後で聞かせてもらおう。
この世界のステーキは、日本で食べたことのあるものよりもはるかにおいしかった。あふれ出る肉汁に弾むような噛み応えのある厚い肉。本当においしかった。しかしこの世界に来てまだ日も浅いというのにステーキを満足そうに食べる私も、相当であるなと我ながら笑えた。
「ごちそうさまでしたー!」
おじさん達に感謝と別れの言葉を述べると私たちは店を後にした。城へ帰る道を歩きながら、トリンはゆっくりと話し出した。
「ぜお様は魔王国第2代王の子供として生まれましたが、双子だったのです。そのぜお様の双子のかたわれが、白魔王です。名はエトキシド・ラ・シュミット。トリンにとってはにっくき相手なんですよ~。本当に嫌い!」
「な、なるほど……双子だったのね。でもどうしてそのエトキシドは追放されたの……? あ、門番さん、お疲れ様です」
「それは……あ、門番くんたちお疲れ様。そうですね、ちょうどいいものがあるので、一緒に見に行きましょうか」
私たちは城の門まで戻ってきた。私はトリンに連れられ、庭園を過ぎ、城とは少し外れた所にある小さめの建物の所に来させられた。
「ここにあるものを見ていただいたほうが早いと思います」
そう言ってトリンは古くさびた扉を開いた。
キャラの名前の秘密について完璧に見破ってくださった方がいらっしゃった……笑
今回のエトキシドって名前もかっこよくて素敵ですね!