第13話 魔族の国も悪くないかもしれません
魔王国第一騎士団と第二騎士団での合同訓練を終えた私は、エステルの部屋で休息を取っていた。休息を取るといってもここにはスマホもなければテレビもない。退屈しのぎになるような娯楽が一つもないため、正直時間をもてあましていた。
夕飯の時間にはまだ早い。私はこの魔王宮の探検でもしてみようかと思い立った。
部屋を出ると、大きな廊下が広がっている。エステルの部屋の横には他の騎士の部屋が並んでおり、それがずっと続いている。
(私の部屋も十分広かったけど、この部屋が騎士全員に与えられているなんて、ほんとこの国はすごいわあ)
そんな風に感心しながら歩いていると、ちょうど私が通りかかろうとした部屋の扉が開いた。
「あ~えすてるさんじゃないですか~」
おお、向こうの方はメイドや執事の部屋か。全くこのお城の広さには驚かされるなあ。
「ちょっと!? なに無視して通り過ぎようとしてるんですか!? 自然な流れすぎて自分って空気だったっけ‥‥とか悲しいことを思っちゃったじゃないですか!!」
「ああトリンちゃんじゃん! ごめん気づかなかったや~。じゃ、それじゃあね~」
「なんでそんな冷たいの!! なんかエステルさん記憶戻りました?? だんだん前のえすてるさんと同じぐらいな塩対応になってきてるんだけど!!」
ほお私はエステルのようになってきたのか。進歩だ。この調子でエステルらしく振舞えるようにしていこうか。
「いやあ、記憶はまだあんまり戻らないかな。なんか解決の手がかりでもあればいいんだけどなあ」
「そうですか‥‥。なるほど手がかりかあ。そういえばえすてるさん、これからどこかへ向かうところだったんですか?」
「いや、暇だったから夕食まで散歩でもしようと思って」
「え!! それだったら夕食、トリンと一緒に城下町でとるのはどうですか? 何かの刺激があって思い出すことがあるかもですよ!」
城下町か。そういえば私はこの魔王宮以外には、最初転移してきたときに戦いの場所だったあの草原しか行ったことがない。そうかあたりまえだがこの城の外にも魔族の文化が広がっているのか。
「なにそれおもしろそう!! だけどそんな勝手に行っても大丈夫なの? 怒られない?」
「え? 大丈夫なわけないじゃないですか」
「大丈夫じゃないんかい! なに言ってんのよ、それじゃ無理じゃない」
「ふふふふ~。そこはトリンに任せていらっしゃい! あの手を使うんですよ、あの手を」
「あ、あの手‥‥?」
「恐喝♪」
トリンは小悪魔のような悪い笑みを浮かべた。角と尻尾が生えている分それは小悪魔のようなというよりは本物の小悪魔だった。
正直このドアホについていけばろくなことにはならないことは分かっていたが、私はこの城の外について興味が湧いてしまった。どんな世界が広がっているのだろう。異世界の町はどんな風なのだろう。
私は間違った選択だとは重々承知だったが、トリンについていくことにした。
「しー、えすてるさん、ちょっとここで待っていてください」
トリンはそう言うと魔王宮の玄関口を出たずっと先、この魔王宮の一番端にあたる大きな門の門番の方へ近づいていった。ここに来るまで大きな庭園が広がっていたが、そこは別に歩いていても構わない。この大きな門の先は外出許可がいるらしい。
「おらおらおら~、トリン様のお通りだぞ~。君たちより強くて偉いんだからね。規則だかどうだか知らないけど、そこを通すんだ。さもなくば~命は惜しくないと思えええ!」
全然全くこれっぽっちも期待はしていなかったがまさかそれが恐喝とやらなのか‥‥? これはかなりの大声で言ったのだろうか、それ以降の会話は遠くて聞き取れなかった。少し距離がある。
トリンが門番たちに何か言われている。
トリンはうろたえている。
門番が首を横に振っている。
トリンが土下座をしている。
二人の門番が顔を見合わせた後、ゆっくりと首を縦に振った。
トリンがこちらに戻ってきた。
「うぅぅ。あ、えすてるさん! 許可を取ってきましたよ~! ふん、やつらめ、トリンの実力に恐れをなしたのね! さ、行きましょ!」
うん。彼らはトリンの、地位もプライドもない哀れな行動に恐れをなしたのだろう。私は門の通り際に彼らに申し訳なさの思いをこめて軽く頭を下げて城を後にした。
「う、うわ~~~! すっごい! なにこれなにこれ、めっちゃきれい!」
両側に広がる沢山の家々。暗い夜空にキラキラと輝く吊り下げられた提灯。魔族達でにぎわう大通り。広場のような所で美しく舞う踊り子たち。
それになんと言っても道にも家にもそこら中に様々な花が飾られている。
「へへへ、すごいでしょ~! なんたって今日は魔族フラワーデイだからね! お祭りをやってるのよ~!」
「まさかトリンちゃん、このお祭りに来たかっただけなんじゃ‥‥」
「ぎく」
まあいい、しかし想像以上の町並みだった。これこそザ・異世界という感じだ。陽気な音楽とこの美しい風景を見ていると、元の世界に帰れなくてもいいのではないかとも思えてくる。
魔族たちでざわめく道を流されるままにトリンと歩いていくと、道の際で花の冠を配っている若い少女達が声をかけてきた。
「よかったらどうぞ〜」
私とトリンに花冠を渡してきた。私は前の世界で花冠など作ったこともなかったなぁなど呑気に考えていると、トリンが私の服を引っ張って、
「みてみて! えすてるさん! トリン、かわいい? お花付けたトリン、かわいい?」
まあ‥‥お世辞抜きに‥‥本心を言うと可愛かった。忘れかけていたがこのトリンはエステルとも競えるほどの美少女だった。
銀色のまばゆい髪に綺麗な花が似合っている。
「まあ‥‥かわいいよ」
「でへへへへ。でしょー? さあさあえすてるさんも冠をかぶって!」
トリンに無理やり花冠をかぶらされた。
「うわぁ、やっぱり似合う!! とってもかわいいよ、えすてるさん!!」
満面の笑みで、嫌味なく心からそう言うこの少女は、とても楽しそうに私の横でぴょんぴょん跳ねている。
お酒も飲んでいないが、というか飲んだこともないが、この夢の中のような雰囲気に流されて、なぜか酔ったような気持ちになった。
お祭り!!!! 行きたい!!!!