第12話 まさかおぬしは
「さ、さくらさん!? 大丈夫だったんですか!? い、いや、とりあえず席に着きましょうか」
「あぁ、また鈴木か。わしに指図するなと言ったじゃろうが。まあいい、もうわしは静かなさくらじゃからな。座ってやる」
なぜかこのか弱い体にぐさぐさと刺さってくる他生徒の冷たい視線を浴びながら、さくらの席に座った。
わしが座ってからは、クラスが気まずい空気になったのを何とかしようと鈴木が違う話題を振った後、授業の続きを始めたようだった。
正直授業の内容はよく分からなかった。化学がなんやらかんやら言っているが、人間と魔族の学ぶ内容はこうも違うということなのだろうか、全く理解が出来なかった。
例えばさっきから鈴木がずっと言っているが、ぱ、ぱらふぇにるあぞふぇのーるとやらは何に使うことができるのか、食べ物だろうか、と不思議に思った。
そんなことを考えていると鐘の音が鳴った。授業の終了を知らせるもののようだ。
鈴木は授業を終えると、さっきわしをここまで連れてきた渡辺とかいう男に呼ばれ外へ出て行った。先ほどの、記憶をなくしたこととそれを内密にすることを伝えているのだろう。
それよりも。さっきから周りの視線が痛い。戦場で百戦錬磨だったわしといえどもそんな大勢に冷ややかな目で見られると気分が悪いではないか。
「さっさくらちゃん!!」
遠目に見ているだけだと思っていた生徒のうち一人が、わしに向かって抱きついてきた。肩ぐらいまでの黒髪に、右側の髪の毛を少し取って上の方で結っている。第一印象としては、弱そう、というものだった。
「さくらちゃん、無事でよかった~~!! 本当に心配したんだよ!! さくらちゃんが授業をほっぽって出て行っちゃったあの日から家に帰ってきてないっておばさんから連絡が来て‥‥。本当にびっくりしたんだからね!」
大きめの目にいっぱい涙をためて女は言った。ふむ、おばさんとはさくらの母親のことか。ということはこの女はかなりさくらと親しい間柄のようだ。調子を合わせるか。
「いやぁ悪かった悪かった。もう調子も戻ったから心配せんで良いぞ。またよろしくな」
「さ、さくらちゃん、さっきから思ってたけどどうしたの‥‥?まるで別人みたいな喋り方‥‥。私が誰だかわかる?」
「あ、あぁもちろんじゃ。あれじゃろ? あれ、あのー」
さあ開始早々ピンチに陥った。この女、余計なことを聞いてきたものだ。どうしようかと思案していた時、
「よぉさくらぁ。お前どうしたんだ、頭でもおかしくなったか? まあ元々おかしかったかぁ。はっはっは」
人間にしては少し身長の大きめな、茶髪でツリ目気味の男が間を割って会話に入ってきた。
頭でもおかしくなったか? の「あ」の字を言った瞬間に切り刻もうかと思ったが、そういえば剣がなかったため、殺ることができなかった。
「出たわね、二村! いつもいつも飽きもせずよくそんな口たたくわね!」
「はん! かりんお前こそさくらに金魚の糞みたいにいっつもつきまといやがって、うぜえんだよ!」
「ななな! そんなんじゃないし! それに知ってるんだから! あんたがさくらのことを好きで好きで仕方ないばっかりに悪口を言ってること!! ぷぷぷ、ださださ~」
「ほお。おぬし、わしのことを好いとるのか。かわいいやつめ」
「ち、ちっげえし!!」
二村とかいう男は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。さくらもなかなか罪な女だ。さくらのことを好きな男などいないと思っていたが‥‥クラスの中では可愛い方だとかいうさくらの言い分は案外合っていたのかもしれない。
「お、お前みたいなぶすで頭も悪くて、その上そんな変な口調にまでなった女のことを誰が好きになるっていうんだよ! ばーっか! ぶーす!」
「ちょっと! こんなかわいいさくらちゃんにそんなに言うことないでしょ!? もう、あったまきた! くらえ、じょうろの水アターック!!!」
女はすぐそばの棚に手を伸ばすと、緑色の入れ物をつかんだ。中には水が入っているようだ。それを二村にかけるのだろう。今はさくらだとはいえ、この上なく侮辱されたのだ。そうだ、そのままかけてやれ――――
バシャ
二村にかかるはずであった水をなぜかわしがかぶっている。はて。
女の方を見てみると、涙をいっぱいにしてこちらを見ていた。
「さ、ささささくらちゃんごめええええええん!! 手が、手が滑っちゃって‥‥二村にかけようと思ってたのに‥‥こんなつもりじゃなくって‥‥」
「ぶわははははは! お前相変わらずだな!!いい気味だ」
「び、びえええええええええんごめええん」
(((既視感)))
「お、おぬし、名前はあれじゃよな、あれ、なんじゃっけ」
「うぅ、え? かりんだよ? びえええんほんとにごめんーーー」
うむ。心なしか名前も似ている。その泣く時のびええんとかいう泣き声にしても、そのアホさにしても、まるであの低偏差値鳥女じゃないか。
よーーくわかった。こいつと関わってはいけないと。長年の経験から本能が拒否している。
どうしてこの世界に来てまであいつの影を見なければならぬのか。正直もう十分うんざりしていたのに。
「よく聞けかりん。おぬしは二度とわしのことを友達だとか思うでない。今日からおぬしはわしの奴隷だ。同じ立場だと思うな」
こういうのは早めに上下関係を示しておくことが大事だ。トリンのやつを考えると、関わるなと言って素直に身を引くような奴ではない。きっとこの女もそうだろう。
全く、さくらの世界はなんと面倒なことこの上ない。たかが人間の学校だとタカをくくっていたが、思いのほか大変な思いをしそうである。
ゼオ様はどうしているだろうか。早くゼオ様の元へ帰りたい――――
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「そういえばエステル、かりんちゃんとは仲良くやってくれているかな‥‥。ドジなところもある子だから少し心配だけど‥‥。けどとってもいい子だし! すごく仲良くなってたりして~! そうだといいな~」
次話、さくらin異世界 に戻ります。