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第11話 女子高校生とやらになったようじゃ

エステルがさくらの体で目を覚ましてからのお話です。

 「母上、父上、申し訳なかった。わしは頭をぶつけたせいで記憶がなくなってしまっているようじゃ。それで‥‥色々教えてほしいのじゃが‥‥」


 30歳から半ばぐらいの二人の男女が涙を浮かべてこちらを呆然と見つめている。口をパクパクさせて何をしているのかと思ったら、何かが決壊したかのようにわしに向かって抱きついてきた。


 「さくらああああああ! 無事でよかったあああ!」


 号泣している。この人間とは何の関係もない仲ではあったが、なにか胸に押し寄せてくる感情があった。


 「う、うむ。心配をかけてしまって‥悪かったな」



 「さくらが無事に帰ってきてくれたのは嬉しいけどおおおお、ねえぱぱ?」


 「口調が変になっているよおおおお、ねえまま?」



 さくらには、体が入れ替わったのではなく記憶を失ったとだけ言えと言われている。今のわしの口調では少しまずいかもしれない。もっと言葉遣いを平民に寄せる必要がある。




 「まま~、ぱぱ~、さくらは全然大丈夫ですよ~。ほら、だってこんなにかわいいし! でへへへ!」


 (ふん、あの低偏差値代表みたいなトリンの真似でもしておけばいいじゃろう。全く、わしとしたことが何をしているやら)




 「さ、さくらがおかしくなった~~!」 

 「びょ、病院。とりあえず病院に連れて行こう!!」


 二人の男女はわしを抱きかかえて不思議な形の馬車に乗せたと思ったら、その乗り物はすごいスピードで走りだした。


 (あの鳥女、許さん。元の世界に帰ったらしばき倒してやる)



 その後はされるがままだった。怪しい白服の男達に血を抜かれたり変なチューブをつけられたり散々なことをされた後、すぐ家に戻されたのはよかったが、さくらの親たちが今日はもう寝ろとベットに押し込んできた。まだ太陽は昇り始めたばかりだというのに。



 「母上、父上、記憶はなくなったといえども、わしはこのとおり元気じゃ。どうか学校に通わせてはくれぬか?」


 さくらが提示してきた条件に、必ず学校に通うことというものがあった。わしも彼女に条件を提示した以上、騎士の名に誓ってそれは守り抜かねばならない。気に食わぬが。



 「さくらがそう言うなら‥‥いいって言ってあげたいけど‥‥無茶はしないでほしいの。あなたは私たちの大切な大切な一人娘なのよ」


 「そうださくら、今の状況で行くのは本当に危険なんだぞ。もう少し落ち着いたら記憶が戻るかもしれないじゃないか」



 さくらがこの親たちに本当に愛されていることがひしひしと伝わってきた。わしはこのように愛されるという気持ちを長らく味わっていない。異常なほど愛してくる弟がいるにはいるが、それとはまた違った愛情であろう。


 わしの両親は‥‥人間に殺された。何の罪もなかったのにもかかわらず。


 人間を恨む気持ちは誰にも劣らないと自負しているが、見境なく恨むほどわしも阿呆ではない。この目の前で泣きそうになりながら心配をしてくる人間たちを恨む気にはなれない。




 「学校に行ったらなにか思い出すかもしれぬじゃないか。それに無茶はしないと約束する。騎士の名にかけてじゃ」

 


 「騎士‥‥? もう、なに言ってんのよさくらったら‥‥。全く、そこまで言うなら仕方ないわ、好きにしなさい」


 「でも何か困ったらすぐ僕たちに言うんだよ? 僕たちはいつでもさくらの味方だからね」



 二人はまたわしを力強く抱きしめた。そんなに強く抱きしめたら‥‥‥痛いじゃないか。

 しかしこういうのも悪くはないなと心の片隅で思った。



 「記憶がなくなったといっても、目の真っ直ぐさは変わらないわね‥。やっぱりさくらはさくらね」


 嬉しそうに女は言った。心外な言葉だった。わしとあいつが同じだなんて、どう見ても違うだろうと。しかしそれを口にするのはやめておいた。





 なんとか親の許可を得たわしはその日から学校に通うことにした。もう既に学校は始まっているらしいが、途中から参加することもできるようだ。

 わしはさくらの親にまたあの変な馬車で学校まで連れて行ってもらった。



 親との別れ際にまた抱きしめられた。まるで戦場に赴くわが子を見るように送り出されると、先生らしき男が学校の前で待っていた。


 既に両親が、わしが記憶を失ってしまったという旨を伝えておいてくれたらしい。男は笑顔で両親にお辞儀をすると、両親もそれを見届けてからその変な馬車で帰っていった。



 「角川さくらさん、本当に大変でしたね。けれど無事で安心しました。昨日は我々教員も総出であなたを探したんですよ? ほんとうによかった」


 男はさくらよりも背丈が高く、意外としっかりとした体をしていた。



 「ふん、世話をかけたな。というかわしは記憶を失った、といっておるのじゃ。名前ぐらい名乗ったらどうなのじゃ?」


 「あ、ああ悪かった。私は渡辺修という。しかし‥‥。さくらさん、まるで人が変わったようだね‥」


 「いらん世話じゃ。それよりも。わしが記憶をなくしたことは先生達以外には知られたくないのじゃが。生徒にはだまっておいてもらえないか?」



 さくらは両親には逆らわないこと、という条件を提示してきたが、他の人間に対しては何も言ってこなかった。つまりはわしが誰にどんな風に接してもかまわないということ。好きにさせてもらおう。



 「さくらさんがそう望むのなら、わかりました‥‥。けれど正直、いつものさくらさんじゃないとすぐ気づかれてしまうような‥‥」


 「心配には及ばぬ。記憶が戻るまでわしはできるだけ目立た~ず、大人しく過ごすつもりじゃ」


 「そ、それならいいんだけど‥。わからないことがあったら職員室に来なさい。二階にあるから」



 そんな会話をしているうちに教室に着いたようだ。男がわしに別れを告げると、わしは躊躇いなく教室のドアを開けた。




 「角川さくらじゃ。みな、心配をかけてすまんかった。じゃがもう心配には及ばない。わしは今日から静か~に大人し~く過ごすつもりじゃからな。仕方ないから皆と仲良くしてやる。よろしく頼むぞ」




 すごく不思議だったが


 誰も何も言うことなく教室は静寂で包まれた。

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