87. 秋季北海道大会準決勝 (vs蝦夷農業5)
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4対5、1点のビハインドで迎えた最終回、九回裏。
相手ピッチャー広尾さんの攻略がようやく成功し、ノーアウト満塁。
三塁ランナーのチュージさんが還れば同点、二塁のキタさんも還ればサヨナラ。
要するに、試合は大詰めも大詰めだ。
「それにしてもデカいなあ」
マウンドに上がった駒場くんを見て、カナが感嘆の声を上げる。
身長はカナンと同じくらいで、しかも腕が丸太のように太く、背中も筋肉で盛り上がっている。
農家の人って、みんなこんな凄い体格してるんだろうか。
「なんか、力が強そうさぁ」
「おっかない顔してるよね」
口々に勝手な事を言いながら、ベンチからガン見している女子三人衆に気付き、駒場くんが凄い目付きでこちらを睨んでくる。
『ひえええっ』
威圧と言うより、もはや殺気だ。
栗夕月奈のスタンドからは、今日からお披露目のチャンステーマが流れてきた。
裏打ちのリズムに乗った、弾むようなファンファーレ風の、ファニーで懐かしい、爽やかなメロディライン。
『風のプロフィール』て曲、だそうだ。
その曲に依れば、神様はきっと、人の心の中にあるらしい。
しかし神が何処に居ようが、今現在のカナは、祈らずには居られなかった。
お願いです。
勝ちたい。勝ちたい。栗夕月奈を、勝たせてください。
もう少しだけ、みんなと野球がしたいです。
駒場くんは、右のオーバースローで、典型的なパワーピッチャー。
140km/h後半のストレートに、フォークボールが主な球種。
そして多分スライダーだけど、ちょっとだけ曲がる、ほとんどストレートみたいな変化球を持っている。
フクローが話すには駒場くん、微妙なコントロールは無い。
全部真ん中目がけて投げているんじゃなかろか、という分析であった。
アバウトにも程があるが、それで通用しているのも事実。
何故かと言えば駒場くんのストレートは、ホーム手前で暴れるのだ。
左右ももちろんだが、インパクトの直前でギュインと浮き上がってくる。
その証拠に空振り三振や、ボールの下を叩くフライアウトが多い。
攻略法としては、その日の調子で違うが、狙ったコースのボール半個から一個半分上を狙うべし、というのがフクローの結論だった。
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バッターボックスには8番菫さんの代打、モーリー。
パワーヒッターではないが、三ヶ月前に比べると身体が大きくなった。
いわゆる男子高校生の成長曲線、てヤツだ。
選球眼も良いし、バットにボールを当てる技術では、レギュラー陣に引けを取らない。
――で。
そのモーリーが腰を引いて見送った球が、ストライクと判定される。
駒場くんのボール、よっぽど暴れささってるようだ。
二球めもストレート、ファールボールがバックネットに突き刺さる。
ガシン。
タイミングは合っているが、ボールの勢いに少し負けた感じだった。
「三球勝負だと思う?」
「多分」
駒場くんが全身から放つ殺気を考えると、遊びは一切無しだろう。
敢えて言うなら、ボールになるフォークを試す手もあるが、向こうは向こうで追い詰められているだろうし、第一あれだけ気合いが入りまくっていると、ワイルドピッチの可能性もある。
果たして三球めもストレート、そしてゾーン内だった。
コンパクトなスイングで、バットを振るモーリー。
バシーーン。
次の瞬間に響いたのは、ボールがミットに収まる音だった。
モーリー、空振り三振。1アウト。
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次は9番のスズ、次々打者のカナはネクストに入る番だ。
カナ専用のちいさなヘルメットを被り、愛用の軽量竹バットを手にした瞬間、胸がトクンと鳴った。
全身が強ばるような感覚に襲われる。
きっとこの勝負、三人掛かりだ。
モーリーとスズが身を挺して情報を集め、カナにフィードバックする。
だがそれで、三人掛かりでも勝てるのだろうか?
カナの貧弱な腕力は、駒場くんの暴れ球を仕留められるだろうか?
そう思うと、カナのちいさな胸はトクントクントクンと早鐘のように鼓動を繰り返した。
「くっそー。何なんだあの威圧感は」
ネクストに向かう途中で、ベンチに戻るモーリーと擦れ違う。
当然ではあるが、悔しそうな表情を隠そうともしない。
「二球めまではボール半個分だったけど、最後のは優に一個分以上浮き上がってたな」
「そう……分かった」
マジか。
という事は駒場くんのボール、尻上がりに暴れ方を増しているかも知れない、て事か。
「カナ、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
あ。やっぱし、そう見えるかぁ。
モーリーの指摘通りで、胸のトクントクンは一向に治まる気配がない。
「そだね、すっごく緊張してる」
「そっか。そんならいっそ、そのまま緊張してしまえ」
「うん、そーする」
そう言ってふたりで笑顔を作る。
そーだよ、こんな土壇場で、リラックスしてる方がおかしいさぁ。
緊張してたって、全然良いっしょ。
頭が、眼が、そして身体が動いてくれれば問題ない。
モーリーがカナの耳に顔を近付け、囁いた。
ちょっとくすぐったい。首の辺りがピクッと動く。
「カナ、思い切ってバット振れ。はっきし言って、スズよりお前の方が、バッティングが上手え」
――こんなのスズが聞いたら、怒りで頭から火ぃ噴くだろうな。
「うん、分かった。モーリーありがと」
互いににっこり笑って、カナはネクストサークルに膝を着けてしゃがみ、再び駒場くんを凝視した。
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初球、またもストレート。
どうやらエゾノーバッテリー、ストレート以外は投げる気がないらしい。
スズは空振り、やはりボールの下をバットが通っている。
しかも振り遅れていたので、バットに当たらなくて却って良かった、とさえ思う。
それにしてもスズを睨み付ける駒場くんの雰囲気が、もはや野球選手のソレではない。
身体全体から放たれる殺気たるや、さながら獲物を狙うオオワシのようだ。
差し詰めスズやカナは、獲物のシャケかなあ……
みすみすシャケになるつもりはない。
緊張は解けそうにないが、その緊張を利用して、徐々に集中を高めていこう。
応援スタンドからは、さっきからずっと『風のプロフィール』がエンドレスで演奏されている。
胸のトクントクンがいつしか、曲のリズムに合わせてカナのちいさな胸に響いてきた。
二球めのストレートを、スズは打ち上げてしまった。
高く後ろに上がった打球は、キャッチャーのファールフライとなる。
――落とせっ! カナの不穏な願いも空しく、河東さんが慎重にキャッチ。
これで2アウト、栗夕月奈も後がなくなった。
「カナ、すまねえ……頼む、打ってくれ!」
泣きそうな顔をして、スズがカナを見つめてきた。
そんな顔するなよ、スズ。
しかし掛ける言葉が見つからず、黙って首を縦に振る。
「ボール一個半分だと思う……思いっ切り下を叩いちまったさ、チクショウ……」
「分かった」
ボール半個分から、一個分。そして今は、一個半分。
間違いなく、駒場くんのストレートはどんどん威力を増し、暴れに暴れてホーム手前でズドンと浮き上がってくる。
これがボール二個分になる事は、まず無いと思うけど……
「任せて」
カナは唇をキュッと真一文字に結ぶと、バッターボックスにひとり向かって行った。
『風のプロフィール』
東京スカパラダイスオーケストラ(feat.習志野高校吹奏楽部)
まだ甲子園ではメジャーじゃありませんが、習志野が出場したら100パー演奏されるだろう曲です。




