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78. 秋季北海道大会二回戦 (vs南札幌4)


 3点リードで迎えた九回裏、2アウト満塁。

 ホームランなら逆転サヨナラ負けを喫してしまう局面である。


 タイムの掛かったマウンドには内野手が集まり、伝令役の恵沢(メグ)さんが駆けて行った。

 その輪の中にカナンが悠然と入っていく。


 カバちゃんがカナンにボールを渡し、マウンドを下り、レフトに走って行く。

 連合チームのスタンドからは、ささやかな拍手が起きた――お疲れ、カバちゃん。

 そして恵沢さんはフクローとカナンに、何やら熱心に話し込んでいる感じだった。


「間柴。何の話をしてっか、興味あっか?」

 食い入るようにマウンドを見つめていたカナの気配を察したのか、前を向いたまま佐内監督が呟いた。

「あっ、はい。興味あります」


「――鶴舞が言ってたんだけどな、南札くらいの進学校になるとさ、予習復習を完璧にこなすヤツ、多いんだと」

「そうなんですか」

 中一までは札幌に居たフクローである、学業成績を考えれば、嘗ては()()()側の人間だった事は想像に難くない。

 でも、それと今の状況と、何の関係があるんだろう。


「つまりさ連中、野球でも毎日の予習を欠かさねえ、てこった。うちと試合するにあたって、いちばん予習しときてえ事は、何だ?」

「あっ……」

 これで話が繋がった。

「カナンの投げるボールを打つ事、ですよね?」


 南札幌の立場になって考えてみれば、栗夕月奈相手に勝つためには、今や超高校級のピッチャーであるカナンを打ち崩す、それ以外に道はない。

「俺が向こうの監督だったら、えげつなく曲がる高速スライダーは捨てて、ストレートだけを狙わせるさ……きっと代打が出てくるだろうけどさ、そいつはこの二日間ずーーっと、穂波のストレートを打つ練習ばっかやって来た筈だぜ」


 そうか……カナンのストレート、狙われてるのか。

「佐内センセは、南札のカナン対策がバッチリな事を見越して、マッチーとカバちゃん投げさせたんですか?」

「いやいやぁ、そりゃあ、たまたまだなぁ」

 監督は前を見据えたまま、苦笑いした。


 南札幌のベンチが動いた。

 背の高いバッターが出て来て、右打ちで何度か素振りを始める――佐内監督が言った通り、代打だ。

「で、こっからが本題だ。今話してんのは、その確認事項なんだが……ストレートが狙われるって知ってて、穂波はどんな球投げりゃあ良いと思う?」


「えっ、あとアウトひとつですから……スライダーとカーブで山を外すのが良いんでないかな、と思いますけど……」

「ま、それも正解だな」

 佐内監督はようやくカナの方を見て、微笑んだ。


 マウンドから野手が散って、伝令の恵沢さんが戻って来た。

「フクローは全部分かってました」

「そうか……そんならあいつらに任せよう。恵沢、ご苦労さん、ありがとな」

 佐内監督はそう言って、どっかとベンチに座り直した。




 試合は大詰めも大詰め、そう思うと、カナは座っていられなくなった。

「カナン、頼むぞぉ……」

 ベンチ内で立ち上がって、投球練習するカナンを、胸の前で手を組むお祈りのポーズで見つめている。

 気付くと隣の奈月さんも、カナとお揃いのポーズをしていた。


 カナンの豪速球はカバちゃんに比べるとトンデモなく速く見え、投球練習の時でさえ、一球投げる毎にスタンドからどよめきと拍手が湧き起こっていた――うん、調子は問題なさそうだ。


 プレー再開。

 初球、栗夕月奈バッテリーは、外いっぱいの速いボールから入った。

 背番号14を着けた代打のバッターは、積極的にバットを出していく。


 ブンッッ。

 ストレートに思えたボールは、実は高速スライダーで、外に逃げていったボールに空振り、まずは1ストライク。

「よぉし、良い入りだぁ、カナン……」

 カナの呟き通り、これで相手がストレート狙いなのも確認出来たし、何よりストライクもひとつ奪えた、最高の初球だった。


 これで二球め以降は、ストレートでストライクを取る必要がなくなった。

 カーブでタイミングを崩しつつゾーン内に投げても良いし、高めの速い球で空振りを誘っても良い。

 そして折を見て、高速スライダーで空振りを奪えば、ゲームセットだ。

 カナの頭の中では、フクローがどうカナンをリードするか、そのイメージがあれこれと巡っていた。


 サインに肯くカナン。

 一発で決まる辺り、バッテリーの意思疎通は完璧のようだ。


 セットポジションから、二球め。

 唸るようなストレート、しかしそれは失投とも言える、ほぼド真ん中のコースだった。

「うわっ、危なっ」

 カナが一瞬、目をつぶる。


 カキーン。

 少しボールが浮き上がったのか、打球は真後ろのバックネットに突き刺さるファール。

「カナン、大丈夫かよぉ……」

 カナは少し半泣きになった。

 スコアボードの球速には150km/hと表示され、球場がにわかにどよめく。


 そして三球め、カナンはまたも一発でサインに肯く。

 クイックとは程遠い、ゆったりとしたフォームから、右腕が大きく撓り、振り下ろされた。


「うわぁあああああ、マジかぁーーい」

 相手が虎視眈々と狙っているストレート、しかも、またもド真ん中。

 この土壇場で、トンデモないコントロールミスだ。


 当然のようにバットを繰り出していく、相手バッター。

 見ていられなくなったカナは、思わず両手で顔を塞ぎ、それでも指の間から怖々と眼を開いた。




 バシーン。

 次の瞬間カナが見たのは、バッターが振ったバットの上をボールがすり抜け、フクローの構えたミットに収まった場面だった。


「――うそ……っしょ……」

 マウンドを見上げると、カナンが涼しい笑顔で、右の握り拳をほんの少しだけ上げていた。

 球速は155km/h。

 間違いなく、今までのカナンの最速ストレートだ。




 3アウト、ゲームセット。

 栗夕月奈、8対5で準々決勝進出。


「――相手が狙い球を絞ってたら、その上を行くボールでねじ伏せる。間柴、これがもうひとつの正解だ」

 我を忘れて立ち尽くしていたカナに、佐内監督が話し掛ける。

「さ、ボーッとしてないで行って来い。試合後の整列、あるだろ?」




 栗夕月奈の勝利でベスト8の7校までが決まり、残すは本日の第三試合のみとなった。

 勝った方が明日、準々決勝での対戦相手になる。


 そんなわけで栗夕月奈のメンバーはすぐには帰らず、偵察を兼ねて球場に残り、試合観戦をする。

 だがカナは試合後のインタビューが長引いた上に、その後のシャワー室で菫さんにとっ捕まっていた。

「もういいですよぉ菫さん、試合観に行きましょーよぉ」

「だぁめ、きちんと髪乾かさないと()()になるっしょ――香奈ちゃんの髪、やっこく(=柔らかく)てサラサラなんだから、お手入れには気を付けようよ」

 ――女子の着替えって、ほんと時間掛かるよなあ……


 だがこうして、菫さんにブラシを掛けてもらいながらドライヤーの風を受けていると、気持ち良さのあまり、思わずうとうとしてしまいそうだった。

「香奈ちゃん、試合後のインタビューだけどさ」

「はい」

「三回裏のスーパーキャッチ、ずいぶん褒めちぎられてたっしょ」


 そーなんですよぉ。

 勝利を呼び込んだビッグプレー、とまで言われてしまいました。

 野球ってそんな簡単なモノじゃあ、ないのに。


「ま、あのプレーは分かり易い結果が出てたからねー。香奈ちゃんが捕ってなければ南札に3点入ってたわけだから」

 それはそうなんだけど、あそこで5対5の同点になっていたなら、六回辺りでカナンが登板して、まったく別の展開に……とも思ったが、こんな処でたらればの話をしても仕方がなかった。


「あの時の女子アナさんが言ってたんですけど、今夜の道内ニュースでカナの特集を組むそうなんですよ……ちょっと恥ずかしいなぁ」

 カナの言葉に、菫さんの顔がぱあっと輝いた。

「えっ、そーなのっ?! そしたらニュース録画してもらうよう、家に頼んどこうっと」


 カナの髪が済んだら、今度はカナが菫さんの髪を乾かす番だった。

 女子の着替えは、まだまだ終わらない……


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