59. 強敵(ライバル)
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試合後、応援してくれた皆さんに挨拶しに向かったら、はっきり言ってみんな浮かれていた。
主将チュージさんがお礼の挨拶をしている間も、何だかざわざわして落ち着かない。
逆に考えると、応援のみんなもまた、今日の試合に手応えを感じているんだろう。
「ナイスゲームっ」
「甲子園行ってくれー」
うん、甲子園、ね……
まずは支部予選制覇が先だが、けして目指してないわけではない。
個々の選手では、やはりカナンへの声援がいちばん多く、女子からのラブコールに近いモノもあった。
しかし中身が、香奈とはいえ一応は女子だったので、ツーショットの依頼にもニヤける事なく淡々と応じている。
そしてカナたち女子選手にも声援が飛んだ。
「菫さーん」
「香奈ちゃん、めんこいー」
こっちは元が男子なので、少し恥ずかしくなってしまう。
「ルイ、引っ込めー」
……月商でのルイさんの扱いって、いったいどうなっているんだろう。
ここに居たならさぞモテモテだったろうフクロー、そして恵沢さんと奈月さんは、この場には居なかった。
第二試合の偵察のため、先遣隊として球場の中に居た。
二回戦第二試合、アンビシャス国際vs空知農業。
アンビシャスは言うに及ばず、空知農もまた岩見沢勢では一、二を争う強豪校で、二回戦屈指の好カードだ。
アンビシャスはこれが初戦、空知農は一回戦をコールドで勝ち上がり、好調ぶりをアピールしている。
そしてこの一戦、勝った方が三回戦での、栗夕月奈の対戦相手になる。
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カナたちが内野スタンドにやって来た時には、試合前のシートノックはもう終わり、間もなく試合が始まる処だった。
先に座っていたフクローと目が合い、言葉少なに肯き合って腰掛ける。
マウンドではカナンと同じくらい大きな選手が投球練習をしていて、ビシバシと重そうなストレートを投げ込んでいた。
間違いなく、今まで対戦した全道レベルの投手の中でも、一、二を争うようなボールだ。
「アレがアンビシャスのエース、トムだ」
フクローがこっちを見ずに、ボソッと呟いた。
「トム? デカいけど、ハーフか何かかい?」
「いや、日本人。鈴木叶夢てのが本名なんだとさ」
「ふーん……でもあんな凄いの、春にも夏にも居なかったっしょ。一年?」
「二年」
カナンのようにいきなり素質開花、てパターンなのかな、と思ったら、違った。
何でもトムさん、九州は熊本の出身で、地元の名門野球部に入ったけど馴染めず、一年の夏休み中にアンビシャスに編入したそうだ。
アンビシャスは通学して通信制の授業を受けるという特殊な学校なので、途中編入の垣根がだいぶ低いようだ。
高校野球では、途中編入した生徒は、一年たってから公式戦出場資格を得る、という規定がある。
いわゆる助っ人的な、甲子園を露骨に狙った途中編入を阻止する目的の規定だが、トムさんは二年の九月になって規定をクリアし、ようやく公式戦に出られるようになったわけだ。
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「九州の名門、かあ……上下関係、厳しそうだもんなあ……」
「あずましくなかったんしょ、きっと」
北海道は、先輩後輩の関係が比較的緩い土地柄で、これは開拓初期の、みんな平等に貧しかった時代から受け継がれているモノだろう。
また助け合いの習慣もかなり濃厚で、北海道には世話好きが多い。
これは理由が簡単で、人情とかそんな生易しいモノではなく、気候が厳しすぎて独りで放っておくと100%死ぬからだ。
経緯はともあれトムさんは、九州からはるばる北海道のこんな奥まで来てくれたわけだ。
ようこそ、トムさん。
永住してくれたって、良いんだよ。
「それにしてもトムさん、えげつない球、放るっしょ……」
トムさんはカナンと同じ右のオーバースローだが、カナンの低いフォームとは違って、上背と長い手脚を活かした、右腕を大きく伸ばしたフォームで投げている。
コントロールに難はありそうだが、ホームに届く頃には、さぞやもの凄い角度がついているだろう。
「聞いて驚くな。トムの打順、4番だぞ」
「ひえー、秘密兵器もいいとこだべさ」
エースで4番のトムさんが加わったアンビシャス。
春に対戦した時どころか、北北海道ベスト8の夏より強くなっているかも知れない。
プレイボール。
二年秋にして公式戦初戦、アンビシャスの超秘密兵器トムさんが、いよいよヴェールを脱ぐ――
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しかし。
「うわっ」
「あー、こりゃひでえ」
初球がいきなり大きく上に逸れ、バックネット直撃の大暴投。
しかしキャッチャーがまったく気にしてないので、既定路線のひとつだったようだ。
「トムさん、緊張しぃなのかな」
カナは思わず呟いていた。
ピッチャーとしては致命的にメンタルが弱かった加南の頃を、どうしても思い出してしまう。
緊張をほぐすために、わざと初球に大暴投を放る、というのは聞いた事がある。
だがトムさんは、その後もピリッとしなかった。
ボール、ボールと来て、四球めにようやくストライクが入る。
フォアボールとなった五球めは、とんでもないワンバウンドになった。
「カナン、今のボール、見たか?」
その瞬間、フクローが真っ青な顔をして振り返った。
「ああ。アレ、何さ? フォークか?」
ほとんど表情を変えずに、ちいさく肯くフクロー。
「コントロールミスっつーより落ちすぎた、て感じっしょ、アレ。肩あったまってきたら、トンデモないモン、見させられるかもな……」
*
トムさん、いきなりランナーを背負ってのピッチングになった。
「カナ、クイックはどうだ?」
「ん――普通に技術あると思うよ。ボールは速いけど荒れ球だから、バッターに意識が行った時が狙い目っしょ」
口には出さないけど、打者がタッキーじゃなくてフクローの時が、盗塁企図のチャンスだ。
ノーアウト一塁で空農の2番打者は、送りバントの構えを見せた。
「あー、コレどーだろ。トム制球狂ってんだから、わざわざアウトひとつ呉れてやること、ねえべさ」
果たしてボール、ボール、ストライクからの四球め、バントは小フライになってしまった。
荒れ球のうえにストレートが速いから、バントはかなり難しそうである。
「あーあ。言わんこっちゃねえ」
傍から観ていると何とでも言えるが、ランナー二塁でクリーンアップに回れば先制のチャンスだったので、こういう事に正解はない。
敢えて言えば、今まで練習してきた事が試合で結果となって現れるので、正解はチームによって異なるだろう。
3番に対しても四球で、結果は送ったのと同じになってから迎えた4番打者。
初球いきなり、ド真ん中に凄いストレートが来た。
ド真ん中なので好球必打、当然バットを出す。
「おわっ」
完全に押し負けてしまった、詰まった当たりのレフトフライ。
「うわあ……何だ今の……」
「空農の4番がド真ん中振って、詰まらさてんぞ……」
「打ち損じじゃあ、なかったっしょ?」
「違う、違う」
誰もが口あんぐりで、打球の行方を見つめていた。
しかしトムさん、その後も四球を出し、満塁で投げたフォークがワイルドピッチとなり、初回に1点を失う。
完全な独り相撲状態。
結局トムさんの公式戦デビュー、投げる方は五回3失点と、少々ほろニガであった。
*
しかし打つ方は凄かった。
一回裏2アウト二塁でセンター前に渋く弾き返し、タイムリー、あっさり同点。
三回裏、1アウト満塁のチャンスに、右中間に大きく飛ばし、走者一掃の二塁打を放つ。
圧巻は1点差に詰め寄られた七回裏の四打席めだった。
ランナーをふたり置き、ジャストミートした打球が風に乗ってレフトスタンドに運ばれる。
8対4と一気に突き放す、値千金の3ランだった。
「うーん……」
「右にも左にも、デカいの飛ばすなあ……」
そもそもアンビシャスを率いる佐崎監督が道内では有名な打撃の達人で、アンビシャスは打撃が強い。
その中でもトムさんの打棒は際立っていた。
「カナン、どう? アンビシャス打線抑える自信、あるかい?」
カナは下からクイッとカナンの顔を覗き込んだ。
「うん……どうだろなあ」
カナンの視線はグラウンドに注がれたままだ。
そしてその顔は――愉快そうに笑っていた。
あんなの見せられて笑っていられるんだから、ホントいい性格をしている。
「そだなぁ……真っ正面からぶつかってくだけさぁ。フクローがきっと、良いリードしてくれるさ。なっ、フクロー」
「おまっ、俺に全責任、押し付けるつもりかよっ」
フクローが本気で嫌そうな顔をしている。
「ああ。スライダーの使いどころとか、ボクの頭じゃ分かんねえもん。頼んだよ、相棒」
ゲームセット。
アンビシャス国際、9対4で勝利。
トムさんはピッチングで精彩を欠いた分、7打点の荒稼ぎだった。
「カナン、気付いたか? ――アンビシャスのバッター、どいつもこいつも横の変化に、なまら強えぞ」
「ああ……そ言えば、そだな」
フクローの解説に依ればアンビシャスの連中、普段からそういう練習をしているそうだ。
つまり、常にボールふたつ分、外を意識して打つ練習。
そうやって外に逃げる変化球への対応を、常時身に着けているわけだ。
「へえ。フクロー、よく調べてるなあ」
「甲子園目指すなら、このくらい当然だろ」
持つべきモノは頭の良いチームメイトである。
フクローの話の通りなら、横の変化球を武器にするカナンとは、相性の悪い相手だ。
「なあに、話は簡単さあ。単にその上を行けば、いいんだべ?」
カナンの不敵な笑いは、消える事がなかった。




