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57. 空知支部予選・一回戦 (vs美唄総合)


 秋季北海道大会の空知支部予選は、今年は滝川たきかわでの開催だった。

 北空知の中心、滝川。

 空知管内では岩見沢に次ぐ第二の市であり、古くから交通の要衝として栄えた。

 人口は4万人足らずであるが、カナたち栗川の人間にとっては、充分すぎるほどの都会である。


 支部予選の初日、カナたち栗夕月奈の面々は、市営球場に集まっていた。

 開会式に参加するため、そして開会式直後の開幕カード、一回戦の試合をするためである。


 カナは1番レフト、菫さんは8番セカンドでのスタメンが決まっていた。


 相手は美唄びばい総合。

 美唄もまた炭鉱で栄えた市だった。

 市内の高校もかつては、空知有数の進学校や、全道大会20回を誇る野球強豪校などで、ひしめいていた。


 しかし閉山とともに人口は3分の1まで減少。

 現在の美唄総合は、いくつもあった高校が廃校と統合を繰り返して開校され、野球部はどうにか単独出場を果たせている程度の規模にまで縮小している。

 今大会はぎりぎり9人の部員数で、応援の臨時部員を控えに入れての参加であった。


「ギャラリー多いねー」

 試合前のシートノックでグラウンドに出ようとした菫さんが、鈴なりになった観客席に舌を巻いている。

 開会式直後の開幕ゲームであるし、しかも道内でも注目のピッチャー、カナンの登板だ。

 多分、開会式に参加した選手のほとんどが帰らずに、偵察を兼ねて栗夕月奈の試合を観ようとしているんだろう。


 栗夕月奈の応援スタンドも4校、1市3町分あるので――といっても4校合わせて生徒数350人、全人口は3万人足らずだが――それなりの壮観だった。

 奈井江高の制服が目立つ。

 滝川にいちばん近い奈井江は、一回戦から全校応援のようだ。

 マッチーが入部して三年ぶりの野球部復活という事もあり、声援も何だか凄い。


 吹奏楽部は栗高、夕張、奈井江の3校にあって、全員参加しているのだろう、総勢30名の『大編成』となっている。

 栗高一年の吹奏楽部員は女子3人で、文化部なのでカナとは別グループだったが、大勢で演奏する嬉しさをこないだ力説していたっけ。

 確かにいつもの10人足らずの演奏と違って、なかなか迫力のある音を出している。


 くー、気合い入るなあ。


 連合チームのシートノックは、実は密度が濃い。

 総監督の佐内監督と、今日は部長枠で栗川の佐藤監督もベンチ入りしているので、ノッカーがふたり居るからだ。

 それでもいつもよりは楽なんだ、合同練習では夕張谷の鹿間監督も入って三列でノックするから。


 目まぐるしいボール回しの後に、美唄総合のシートノックと交代。

「お前、守備上手えな。こまいのに、すごいな」

 すれ違いざま、美唄のレフトに声を掛けられ、かるく手を挙げ笑顔で返した。




 先攻は栗夕月奈。

 カナはバッターボックス脇で、相手ピッチャーの投球練習を見ている。

 右投げ、少しスリークォーター気味。

 前評判通り、ストレートはそんなに速くなく、球筋も素直だ。

 ネクストで鎮座しているタッキーと眼が合い、ともに深く肯いた。


 カナの竹バットに新フォーム、公式戦初お披露目だ。


 優勝候補に躍り出た栗夕月奈だったが、ひとつ弱点があるとすれば、チームとしての経験の少なさである。

 夏休み中はともかく週末にしか全員が集まれない状態なので、新チームになってから三つしか練習試合が出来なかった。

 そのうちのひとつは、例の札幌暁星戦である。

 最大のライバルとなる滝川北、アンビシャスとは未対戦で、互いに手の内を見せ合っていない。


 この打席、いろんな意味で出塁しておきたい。

 ゲームの主導権を獲る意味でも、カナ自身の試合勘を育む意味でも。

 そう思いながらプリッと相手に尻を向け、集中してバットを構える。


 プレイボール。かなり甘いコースに打ち頃のストレートが来た。

 初球は見送る、それが相手バッテリーの読みだったのだろう。


 それは正解で、カナとしては相手ピッチャーの持ち球を出来るだけ引き出して、その情報を次打者に繋げていきたい。

 見送り、ストライク。

 ちょっともったいない気はしたが、仕方ない。


 ベンチを見ると、佐内監督が『ガンガンいってよろしい』のサインを出してくれていた。

 バットを振るポーズを何度も繰り返しているので、相手にもきっとバレバレである。

 よし、今度ゾーン内にボール来たら振ってみよう。

 監督に向かって肯き、再びバットを構えた。


 応援スタンドのブラバンからは、一風変わった曲が流れている。


 野球を せんとや 生まれけん

 ヒットを 打てとや 生まれけん

 香奈の バットの 音 きけば

 我が身 さえこそ 揺るがるれ


 今様いまよう、と言うらしい。カナ専用の応援歌だ。

 何でも奈井江の吹奏楽部に凄い人が居るらしく、あっという間に何曲もの譜面スコアを書いてくれたそうだ。


 原曲は大河ドラマのサントラ『あそびをせんとや』で、奈井江の人曰く、カナのイメージにぴったりらしい。

 見た目がこまくて非力だから仕方ないが、ずいぶんと儚く仕立て上げられたモノである。

 本来は哀しい曲の筈だけど、面影がないくらい勇壮に編曲されていた。

 

 1ボール1ストライクの三球め、この試合初めての変化球、スローカーブが来た。

 ストレート狙いだとタイミングを外されがちであるが、カナの頭には、きちーんとカーブのイメージも入っていた。

 

 元来、男子の投げるストレートの球威に苦労していたカナである。

 緩いボール打ちは得意であった。


 スコーン。

 巧くスイートスポットにボールを乗せてフルスイングすると、綺麗なライナーがライト前まで飛んで行った。




 カナのヒットで勢いづいてくれたのか、栗夕月奈の攻撃は、初回から躍動した。

 まず2番のタッキーの二球めで、カナが盗塁成功。

 タッキーは流し打ちで進塁打を放ってくれ、早くも1アウト三塁の得点チャンス。


 3番フクローの四球から、4番ルイさんがセンターに特大の飛球をかっ飛ばした。

 惜しくもフェンスぎりぎりで捕られてしまったが、犠牲フライには充分で、タッチアップしたカナが悠々のホームイン。

 栗夕月奈が1点を先制する。


 5番チュージさんが左中間を破って2アウト二三塁となった処で、6番北野さんに対して、美唄のキャッチャーが立ち上がった。

 敬遠だ。

 ここはバッティングの良い北野さんと勝負せず、自動アウト()()()カナンと勝負して、初回の失点を1点に抑えよう、という腹積もりだろう。


「美唄さん、うちを研究してるなあ。夏までだったら、それで正解だよ。夏までなら、な……」

 ベンチで帽子を目深に被りながら、佐内監督が呟いている。


 2アウト満塁でバッター、7番のカナン。

 公式戦0割の打率を誇っているが、ここは打撃開眼の成果を見せたい処だ。


 緊迫した場面の筈だったが、スタンドから風変わりなファンファーレが流れた途端、佐内監督と佐藤監督が吹き出して大笑いした。

「『木の家たいせつ』のコマーシャルソングぢゃねーかっ」

「『ほっかいどうの、いえ~~っ』てヤツだ。なつかしーなぁ」


 きょとんとしているカナたちに、佐藤監督が解説してくれた。

「もったいないランドの跡地に家具工場があるだろ? あそこが『木の家たいせつ』の本社だったんだ」

 栗川本社の北海道では有名な建築会社で、かつては全道に派手なCMを流していたが、カナたちが物心つく前に倒産してしまった。

 現在では大阪の会社が買い取って、事業を引き継いでいるそうだ。


「CMやってたのはお前らが生まれる前だもんなあ、知らねえのも仕方ねえさ」

「ついこないだ、そのCMやってましたよ、テレビで」

「えっ、マジかっ」


 野球とまったく関係のない話をしている間に、カナンのバットが火を吹いた。

 カキーン。

「おっ」

「こりゃデカいぞ」

『行けーーっ!!!』


 高々と上がった打球は、レフトスタンドの中段に突き刺さった。

 カナン、公式戦初ヒットが、特大のグランドスラム。

 初回から5点のリードを奪う事に成功する。


「よっしゃあああっ!」

 ベンチでは佐内、佐藤両監督がおっさんふたりで、キスでもするんじゃないかというくらいの勢いで抱きしめ合っている。


 カナはカナで、生まれて初めてのホームランで加減が分からないのか、全力疾走に近いスピードでダイヤモンドを駆け抜けるカナンを、眩しく見つめていた。




 栗夕月奈はその後も順調に得点を重ね、投げてはカナンが三回をパーフェクトピッチング。

 マッチーとカバちゃんが引き継いで一回ずつ投げ、12対0で五回コールド勝ちとなった。


 試合後の校歌斉唱は、1勝につき一校ずつ。

 今日は奈井江高の校歌が流れ、みんなで歌った――歌詞を知っているのはマッチーひとりだったので、応援スタンドに歌はお任せして、ほぼ全員口パクだったのは内緒だ。

 栗高の校歌は4勝、つまり代表決定戦を勝たないと歌えない。


「まあ、良かったんでないかい、打撃は言う事なし。佐藤先生、守備はいかがでしたか」

「合格点はあげられるわな。まあだが、しかし……」

 佐内監督に話を振られた佐藤監督が、穏やかに顎をさすりながら、しかし連携やポジショニングの問題点をひとりずつ指摘していく。


 これには理由があって、栗夕月奈が全体で守備練習する事は、支部予選期間中は、もうない。

 二日後には二回戦、そして今週末の土日に三回戦と代表決定戦。

 合同練習を設ける機会は、どう考えてもなかった。


 これから間違いなくキツくなっていく相手に、ぶっつけ本番で臨まなくちゃ行けない。

 カナたちは神妙な顔付きで、佐藤監督のアドバイスに深く肯いていた。


五回表は三校合同のブラバン、みんな大好きな『アルヴァマー序曲』をみんなで演奏しました、とさ……と書こうとしたら、なんと七人で演奏できる小編成用のスコアがある事に気付きました。

ちょっとびっくり。

ホントにメロディが綺麗な名曲です。


大河ドラマは『平清盛』ですね。

このオープニングもまた屈指の名曲で、心が震えます。

音の移り変わりのあまりの速さにN響の面々が付いて行けず、クレームが出たほどの難曲でもあります。


カナンの応援曲、モデルになった会社のCMですが、なんと1週間前の6月下旬に、TVCMが復活したそうです。

事実は小説よりも奇なり、でした。


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