10. 春季北海道大会空知支部予選、開幕
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その週の土曜日、野球部は岩見沢へと向かった。
春季北海道大会の空知支部予選、その一回戦と二回戦が、この土日で行われる。
ここ空知支部は、過疎と少子化のあおりを思い切り受けている。
日本最少の市、人口三千人の歌志内や、最盛期の十分の一以下まで人が減った夕張がある地区と言えば、話が早いだろう。
参加校数の減少で、栗高の属していた南空知が統合されたのが、十数年前。
夏の大会も南北海道から北北海道へ所属変更となった。
合併により空知支部の参加校数は20校に倍増したが、その後はじりじりと数を減らし、現在は12から14校の間を行ったり来たりしている。
一時期、ヒグマ打線で隆盛を誇った南空知の強豪、真駒大岩見沢は、生徒数減少のために閉校となり、今は無い。
現在の空知支部は、滝川北と新設校であるアンビシャスハイスクールの二強が、毎年のように地区代表の座を争っている。
次いで岩見沢や深川、滝川、砂川にある数校が、二強の後に続く図式だ。
栗高はと言えば、ここ数年は単独参加したり合同チームを作ったりの底辺勢力で、昨秋の大会も一回戦コールド負けだった。
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だが、今年は違う。
これまで打てる人が主将の広田さんくらいだったが、一年のホープ、フクローこと鶴舞福朗が入部し、わずかだが打線に厚みが増した。
そのフクローがキャッチャー、シニアで活躍していた同じく一年の滝川と硯がショート、センターのポジションに入り、センターラインが大幅に強化された。
トドメは控えのピッチャーだったカナンの、突然の覚醒だ。
150km/hを越える豪速球に三種のカーブを持つピッチャーなんて、北海道には多分居ない。
一昨日、監督の佐藤先生から、選手たちに背番号が渡された。
エースナンバーの1は北野さんだったが、カナンのピッチングを目の当たりにして、外野の守備練習ばかりしている。
同じく正捕手だった主将の広田さんも背番号は3に変わり、内野の守備練習がほとんどだ。
背番号7のカナンがエースになり、フクローとバッテリーを組むようになった。
そして公式戦出場資格のないカナはただひとり、背番号を貰えなかった。
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支部予選の前日、スタメンの発表があり、先発のマウンドを任されたカナンは、少し頬を上気させていた。
カナとしては中学以降、ほとんど投げられなかった公式戦。
しかも久しぶりの先発なのだから、カナンの気持ちも分からないでもなかった。
「なあ、カナン。あんまり入れ込むなぁ、肩の力抜いてフツーに投げれ」
この大会は組み合わせに恵まれていて、いわゆるシードのアンビシャスには準決勝、滝川北には決勝まで当たらない。
と言うより、彼らと対戦する以前に一回戦で負けていたのが、栗高の現実だった。
一、二回戦の相手には、今のカナンを打てるヤツはほとんど居ない筈だ。
だが案に相違して、カナンの佇まいは至って静かなモノだった。
「まだ――カナンがここに残ってる感じが、するのさ」
カナンは胸の辺りをトントン、と指で叩く。
「ボクの身体は、ボクだけのモノじゃない、そういう気にさせてくれるのさ。カナ、お前の分も――いやいや、お前と一緒に投げて、勝って帰って来るよ、約束する」
おう、嬉しい事言ってくれるなあ。
「カナン。栗川から、カナは応援してる。球場まで届くくらい応援してやるから」
「おう、頼んだ」
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試合当日、カナは野球部のみんなを見送りに、栗川駅まで出掛けていった。
公立小規模校の、弱小野球部である。
バスチャーターなど出せるわけがなく、現地集合だ。
用具類は監督の佐藤先生、部長の高橋先生が自家用車で球場まで運んでくださる。
自宅が駅から遠い一年のタッキーとスズが用具運びの手伝いを買って出、そのまま車で現地まで行く。
残りは駅集合で、一日七往復しかない鉄道を使って岩見沢駅まで、そして球場までバスで行く。
前評判はいくらかマシとは言え、誰からも期待されていない野球部の出陣に駆けつけたのは、カナと、何故かお姉ちゃんのふたりだけだった。
「どーしてお姉ちゃんもついて来たの?」
「弓道場に行くついで、なんだけどさ」
ちなみに姉も五月下旬から、夏の高校総体へ向けていよいよ最後の挑戦が始まる。
弓道部は野球部と違って、支部予選では男女とも優勝候補の筆頭だ。
姉の見送り参戦は男ども、特に三年生の三人、広田さんと石井さん、小林さんには効果絶大だった。
「いやいやいや、美香の応援は全校応援に匹敵するさっ」
「美香は勝利の女神だから、今日はもう勝ったなっ」
「美香っ、勝利をお前にプレゼントするぜっ」
男って、どうしてこう、単純なんだろう……
いやいや、カナもついこないだまでは男だったが。
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かくてカナを除く野球部員たちは、超元気に汽車に乗り込んでいった。
「馬ッ鹿でねえの、あたしが勝利の女神なわけねえべ。だったらあたし自身、二大会連続次点で全国逃すなんて器用な真似、出来っこないさ」
眩しい笑顔をまったく崩さずに手を振りながら、姉がそんな事を呟いている。
うわあ……言ってる事と表情が、まるで違う。
「お姉ちゃん――なんか怖いよ……」
「カナもこういう腹芸、そろそろ覚えな? みんなが幸せになる、おまじないみたいなもんだよ」
姉が笑顔のまま、カナに向かって素敵にウインクした。
同じ汽車で入れ替わりに降りてきたのが、サオリンだった。
「おーい、カナ……あっ、美香さん! おはよーございますっ!」
姉の姿を見た途端、サオリンの瞳の色が明らかに変わった。
カナそっちのけで、姉に駆け寄るサオリン。見えない尻尾がポフポフと激しく振られている。
「サオリンおはよ。おーよしよし、今日も頑張ろうなぁ」
そう言って姉がサオリンの頭をポムポム撫でた。
撫でられたサオリンは、陶酔の表情で姉に頭を擦りつける。
「くーん」
――ありゃりゃサオリン、完全に犬だ。
「あたしたちはこれから学校で稽古だけど、香奈はどうすんだっけ」
口あんぐりで姉とサオリンを見ていたカナは、ようやく顔を引き締める。
「うん、今日は山の方に行く。坂道ダッシュ、したいんだぁ」
栗川は山間の盆地だが、中心地は平坦な土地が続き、坂は無い。
「山? あまり遠くに行っちゃダメだよ?」
「公園裏の山なら、大丈夫っしょ。オオムラサキの森辺りにする」
「そう――カナ、あんまり無理すんな? ここ毎日、いっつもボロボロになって帰って来てるっしょ」
「うん、無理なんかしないよぉ」
何くわぬ顔でニコニコしながら応える。
お姉ちゃんは心配するけど、まだ今は無理して、身体をいじめ抜く時期だ。
美香姉ちゃんの妹だけあって、カナも充分に嘘つきだった。
鉄道については『汽車』で統一します。
『電車』てのは路面電車の事を指すんですっ!
……ちなみに栗川は非電化区間で、各駅停車しか通りません。
栗川の町に入る鉄道のトンネルはふたつあったんですが、ひとつ壊れて潰れて、お金が無いので直せず、そのままになっています。




