第八夜 天衣無包
「お前はさ、自分を追い込みすぎたんだよ。精神的にも肉体的にもな。耐えられるわけなかったんだ最初から」
その鷹見剣也と名乗った男はそう言った。鷹見……いや、健也はあの少年との戦いの後近くの家に隠れ剣也の話を聞いた。
「だから俺が生まれた、俺はお前の欲望の代弁者なんだぜ健也」
剣也は夢が終わってからも健也に積極的に話しかけた。おかげで健也は授業を碌に受けれてない(まあ毎日寝ているのだけれど)。
しょうがないので健也は剣也の話に付き合った。もしやすると昨日のように勝手に自分の体を乗っ取られるかもしれない。さらに剣也を飼いならせればは自分の殺人衝動を制御できると考えたからだ。それに対して剣也も嬉しそうに話した。
「お前、昨日みたいにいきなり体乗っ取ったりしないだろうな」
「いや、俺が自由に動けるのはテメーが欲望を……ていうか殺人衝動を極端に押さえつけたときだな。俺はテメーの『やりたいことを代わりにやってくれる存在』なんだよ。大前提だが主人格はテメエなんだよ健也」
多重人格とは幼少期、虐待や親の死などの心的外傷から自分を守るために『辛いことを引き受ける人格』というものを作り出すものだ。
しかし健也の場合自らが自分を追い込んだ。徹底的に、容赦なく。だから彼は無意識に求めたのだろう。欲望を開放する剣也を。
「だから俺ができるのはこうやってテメーに話しかけることと内側からお前を見ることだけだな……まあテメーが俺に体を貸してくれるんなら話は別だがよー」
「やだよ」
「……ちょっとだけだからよー」
「やだって、ちょっとでも体を受け渡したら辺りの人間皆殺しにしかねん」
「……口の部分だけでいいから」
「お前この唐揚げ食いたいだけだろ!?」
時刻は十二時、健也は食堂で学食を食べていた。剣也からすれば人が旨そうなものを食べているところをただ見ているというこの世で最も不毛な時間を過ごしているわけである。
「良いじゃねえかよー!朝からお前旨そうなものばっか食ってよー!羨ましいんだよー!」
「……おいしいなー、皮はパリッと中はジューシーで最高だな」
「止めろ!食レポするんじゃねえ!」
「その上うまみが……こう、なんていうんだろう、旨いんだよな。なんか……すげえ旨いんだよ」
「語彙力死んでんのか!国語辞典三周してこい!」
こんな具合にこの妙な関係は割と上手くいっていた。健也は十数年自身の殺人衝動を抑えていただけあって『人を殺したくてたまらなくなる』なんてこともなかったし剣也も悪魔のように人を殺せと囁くこともなかった。そして日課のトレーニングとを終え就寝の時間、つまり夢の時間である。
「……お前イかれたトレーニングしてんな。あれを毎日だろ?どうかしてるぜ」
「……まあ疲れるけど。てかお前元気だな」
「あたりまえだろ、別に俺とテメーは体は共有してねえんだ。だからテメーが何か食っても俺は何も感じないしテメーがいくら運動しても疲れることは無い。まあ俺が元気なのはテンションが上がってるからだよ。よーやく人殺しができる」
健也は姿かたちの見えない剣也が凶悪に笑ったような気がした。
「外じゃあ捕まっちまうから派手なことはできなかったが夢じゃあ好き放題だ、昨日はお前夢の中だろうが殺人は駄目とかほざいていたが俺はやりたいようにやるぞ」
健也は何も言えなかった。昨日彼が殺せなかったのは個人的な理由によるものだ。しかしまだ健也には夢の中でも殺人を犯すことに未だ抵抗があった。それでも剣也を好き勝手にさせることにも看過は出来ないという板挟みに陥っている。
「まあ、なるようになるだろ。とりあえず寝ようや」
剣也はそんな心境に陥っている健也を見透かしたのか明るい声で励ました。その言葉にに従い健也はベッドに潜り込んだ。そして目を瞑ると肉体的な疲れからかあっという間に眠りに落ちた。
……目を覚ますとそこは街中であった。いつもとは違う始まり方に面食らう。
「参加者は多分この町の住人なんだろう、毎日近所の奴らと殺し合いしてたら敵と会うのにも大変だろうから適当にシャッフルしたんだよ、多分」
剣也の冷静な分析になるほどと頷きながら健也は辺りを見渡す。幸い日本刀は転がっていたので拾い辺りを警戒する。するとぺた、という奇妙な音がした。
健也は素早く音の方向に体を向けて刀を構える。そして一瞬でその音の正体が判明する。
足音だった。なぜそんな音がするのかと言えば裸足だからである。しかし健也はそんなことに注目しなかった。
太く、そしておびただしい毛を蓄えた腕。
不健康に膨らんだ腹。
その巨体を支えるためには適していそうな短い脚。
まあわかりやすく言うと。
一糸纏わぬ中年男性がそこにいた。
「………………………………剣也さん」
「………………………………なんだよ」
「体、貸してやろうか?」
「ふざけんじゃねえ!!!!!!!!!!死ね!!!!!!」
紛らわしかったら言ってください