第五夜 ライアーライアー
鷹見はあの事件からこれまでの十年間人を殺したいという衝動を押さえつけてきた。彼はあの惨劇の後、誰にも自身の殺人衝動を誰にも打ち明けていない。そもそも鷹見がそれを恥じていたこともあるが誰かに相談したところで殺人が悪いことだからやめろ、と説かれるのがオチだと考えていたからである。
鷹見には何故人を殺してはいけないのか等というバカげた疑問は持っていなかった。あの最愛の人を奪われた怒り。もう二度と会えない悲しみ。何よりあの母と父の死に顔が、あの苦悶の表情が彼に殺される感覚というものをリアルに想像させた。あんなものを他人に味わわせるわけにはいかない。そんなことは分かっている。
(でも、その上で殺したいと思うんだ)
ふとした瞬間。例えば歩いているときや風呂に入っているとき、眠る前などに衝動的に人を殺したくなる。その度にあの男の顔が脳裏に浮かび自分で自分に激怒し失望した。何を考えている、恥を知れ、と。彼は一切の手心もなく自信を戒めたしそれに対し何の言い訳もせず弁解もしなかった。それがどれほどの負担になるのかも知らずに。
そんな自傷行為に等しい自問自答から逃れるために鷹見は考えることを止めた。正確には考える余裕、体力、時間、そういったものを全て潰したのである。ほんの少しの余裕が、気のゆるみが自分を殺人に駆り立てるかもしれない。
幸い手段はあった。事件後、鷹見を引き取った祖父が運営している剣道の道場、そこに入門したのである。祖父はそんな鷹見の気持ちを知ってか知らずか他の門性よりも厳しく接した。それから彼は文字通り一分一秒を無駄にせず剣道に打ち込むことになる。
鷹見の計画は半分成功した。日々の鍛錬は彼を追い込み殺人のことなど考える余裕をなくしたし、それ以外の時間、たとえ一分だろうと寝ていたかったからだ。ただ一つ誤算があるとするなら自身に天賦の才があったことである。
鷹見は祖父から教わった技術を瞬く間に習得していきかつ肉体的な成長も早かった。地獄のような鍛錬も次第に慣れていく。鷹見は既に高校一年生が行える(それ以上すると体を壊しかねない)ものを軽くこなせていた。そうなるとまた再び殺人衝動が湧き上がってくる。
(だから、これは保険なんだ。もし、万が一俺が我慢できなくて人を傷つけてしまった時の保険。人を傷つけてしまってもそれを治癒できる能力があればきっと何とかなる)
あの殺し合いを奨励した誰かは言った。この殺し合いに参加している人間には自身の願望に基づいた能力が付与された、と。事実、ボールのコントロールの上達を願っていただろう佐原の能力は『投げたボールの軌道を変える』というものだった。だとするなら自分の『物質を修復する』という能力は無意識下で望んでいたモノなのだろうと鷹見は分析していた。
(だから俺はあの戦いで生き残らなきゃならない。だから、あそこでは殺していいんだ)
鷹見は言い聞かせるように何度も心の中で繰り返した。
あの佐原との戦いが終わった数分後、辺りに鐘の音が鳴り響くと同時に鷹見の体は映像を一時停止したかのようにピクリとも動かなくなった。指先はもちろん心臓さえ動いていない。にもかかわらず思考することだけはできる。不思議だったが夢なのだからまあいいかと鷹見が考えたときあの誰かの声がした。
<皆様お疲れさまでした。本日の夢はこれで終わりです。亡くなった方のここでの記憶は消去されますのでご安心下さい>
そう聞こえたかと思うとパチリ、と目が覚めた。そこはベッドの上であり紛れもない現実だった。
今、鷹見は授業中ろくすっぽ教師の話を聞かず(普段から聞いてないのだが)昨日の夢について考えている。
しかし十五年間考えることをできる限りしないよう努めてきた人間にいくら考えてもわかるわけもなくいつもの通り練習が終わると寝床についた。
鷹見は眠れなかった、今から人が殺せるのだと思うとどうにも興奮してくるのである。
(落ち着け、あくまで夢での殺人はただの手段だ)
だからそうやって自分をなんとか諫めていた時だった。
「自分にまで嘘つくなよ、殺したいなら殺したいって言えよ。正直にな」
鷹見の意思でなく、勝手に口が動き発声した。しかしそのことに疑問を持つ暇はなかった。
ブレーカーが落ちたように鷹見の意識が途切れたのである。
サブタイをほかの物の題名から引っ張ってくる縛りがもうきつい