おもひでぽろぽろ
死の直前、時間の感覚が引き延ばされるという走馬燈という現象。銃口を胸に押し当てられた健也に起こったそれは走馬燈に似たものだったのだろう。ただただ冷静に自身の置かれている状況を把握すればまず拳銃を持っている小川の腕を膝で蹴り上げ無理やり銃口の向きを逸らす。そしてがん!と地面を踏みつけ体の全体重を掛ければまるで薪が割れていくかのように腕が裂けていく。しかしそれだけに止まらない。
「う、おおおおおおおおおッ!」
腕を裂いた健也の刃の勢いは死なず、そのむき出しの肉体に刃がめり込めばそのまま小川の体を切り裂いた。辺りに鮮血がまき散らされれば小川の膝ががくりと崩れる。
(やったな、この傷ならこれ以上動けねえだろうよ。とっとととどめを刺しちまえよ。……おい、大丈夫かよ?)
ほぼ無心で刀を振るっていた健也がゆっくりと冷静さを取り戻していくと最初に胸に浮かんだのは敵を殺せた達成感や自分が無事だった安心感ではない、なぜ自分が生きているのかという疑問だった。
「さっき、なんで俺を撃たなかった。撃っていれば俺にやられることなんてなかっただろ!」
そう、それはとても単純な事実であった。例えどれだけ健也の剣さばきが鋭かろうと、どれだけ迅速に行動したとしても。
小川が引き金を引くほうが圧倒的に早いに決まっているのである。
「いやあそこだけじゃない、お前はもっとうまく立ち回れたはずだ。拳銃を中心に戦えば近づかないで戦えたし刃物を透明化すれば一撃で殺せたはずだ。要するにお前は……手加減してたってことだ」
健也の声が徐々に震えていく、小川の胸倉掴めば爆発するかのような剣幕で
「どういうことだ答えろよ、俺は頭が悪いからわからないことがあるとイライラするんだ。まだ息はあるだろうが、話せるだろうが。何も言わないままは死なせねえぞ。何ならその傷治してももいい。答えろ、早く!」
そんな健也とは対照的に小川の目は徐々に光を失っていく。しかし健也の剣膜に充てられたのか小さな声で語り始めた。
「……君、鷹見健也だろう。あの十年前の殺人事件の生き残り。君は覚えていないかもしれないがあの時、君のお母さんお傍で泣いていた君を保護したのは私なんだよ」
健也が息をのみ目を見開いた。襟をつかむ手は震え暑くもないのに汗が止まらなくなってきている。
「私も警察官のはしくれだからね。まだ小さいのに両親を亡くした君を気にかけていたんだ……君が剣道の大会で結果を残して地方紙に取り上げられていたのを見たからね、一目で君が鷹見健也だとわかったよ」
ごぼ、と小川が大量に血を吐いた。それはもう彼が長く喋れないことを暗に示していた。
「……最初は戸惑った、あの事件の被害者の望みを絶っていいものかとね。しかし私もこの夢から覚めたくなかった。なにしろ数十年願っていたことがかなっていたからね。けれど君が自分の傷を治したとき決心したのさ。この子に譲ろうとね。その能力を見れば君の願望をある程度推測できる。君は優しい子に育ったんだろう」
健也は絞り出すような震えた声で
「……違う、俺は、優しくなんてない……!優しくしてもらえるような人間なんかじゃない……!俺は、自分のことしか考えてない、ダメな奴だ……!」
健也の顔が悔しそうに、恥ずかしそうに歪む。自己嫌悪の塊のような彼にとって人から大切に思われるということは感謝ではなく恥であった。そんな健也を見て小川は何も言わずに笑った。
「それでも、何かは抱えているのだろう?昔一度だけ何かに追い立てられるように走っている君を見たよ。もし君が優しい子ではなかったとしても、君の望みを絶つことはしたくない。まあ自己満足と言われればそれまでだけれどね。いいから死なせてくれよ」
そう話す小川の息は途切れはじめ体温も低くなり始めていた。自身の手を伝いその感覚がわかればどうにも泣きたくなるような気分になっていく、ただ気に掛けられていたというだけで健也は泣きたくなるほど嬉しく、死んでほしくないとさえ思った。しかし最早風前の灯火に近い小川の傷は治すのに時間は足りず、ただ「ありがとう」と呟くことしかできなかった。
「ありがとう、本当に、ありがとう……」
そして小川は自身が絶命する直前、思い出したかのように
「一つ言い忘れてた」
と呟く、そして本当になんてことないように
「この戦いに、君の両親を殺した篠田流星もいる。くれぐれも気を付けてくれ」
と言い残してこと切れれば煙のように消えていった。




