変態男
健也の脳天になにかが振り下ろされれば脳みそと視界が揺れた。この世界では痛みを感じない、だが怪我はする。だから出血しすぎればくらみがするだろうし頭に強い衝撃を受ければ脳震盪を起こす。健也は夢の中で意識が薄れていくという妙な体験をしていた。
(や、ばい、にげ、ないと、死ぬ!)
健也はろくに機能しない頭を働かせながら芋虫のように地面を這う。しかし小川は容赦なく頭をサッカーボールのように蹴飛ばした。つま先が顔にめり込み丸太のように体が転がる。皮膚が破れ鼻血がどぼどぼと道路に垂れた。
(とっとと治せ……まさかとは思うが奴の能力がわからないなんてことは無いだろうな?)
霧が晴れるように徐々に意識が明瞭になっていく。顔の傷を治しながらゆっくり立ち上がるとある程度想像出来ると剣也に返す。
「あんたの能力は、物質を透明にする能力だな」
その言葉に小川の眉がピクリと動いた。
「そう考えれば説明がつく、今刃を突き立てたのに通らなかったのは今、防具を透明にして着込んでるからだ。俺の頭を殴ったものも多分透明にした警棒か何かだ。……最初の拳銃は、いきなり出てきたけどそうじゃない、元々持ってたんだ。俺を狙うときに照準が見えたほうが良いから透明化を解いたんだな」
小川は何も言わずにただ不敵に笑うだけだった。
「……やられたよ、一見何も身にまとってない無防備な奴かと思ったら実際は俺なんかよりよほどしっかり武装してきてる。しかもそれを警戒させないために露出狂を演じるとはな。誰だってこんな変態と心のどこかで油断する……正直侮ってた」
「いや、露出癖があるのは本当だよ」
「……そこは演技であってくれよ……」
苦々しくつぶやいた健也だったがそこには一切の油断もなかった。そもそも目の前の全裸の男は確かに二夜に渡る殺し合いを生き延びているのである。弱いわけがない。
「……あんた、警察なんだろ。そんな体たらくで恥ずかしいとか思わないのか?しかも暴力までする。最低だな」
時間稼ぎと冷静さを失わないかという淡い期待を込めて健也は小川を挑発する。そんな稚拙な手を用いるほど健也は二度の攻撃により精神的に追い詰められていた。
しかし小川はそのミエミエの挑発に不機嫌そうに顔をしかめ
「失礼なことを言うな、現実世界でこんな格好するわけないだろう。私は自転車を乗るときは車道を通るし違法にアップロードされた動画は見ない。信号を渡るときはいつも青だ。……犯罪者を取り締まる警察が犯罪を犯すなんてあってはならないだろう」
「……じゃあなんでそんな格好してるんだよ」
不審そうな顔で健也は小川に言う。
「……まあそれは癖としか言いようが無いな。駄目と分かっていてもやりたくなるんだよ。昔田舎の川で裸になって泳いだことで何かに目覚めてしまったのかもしれない」
駄目と分かっていても、という言葉に健也は少し興味を示した。詰め寄るように、推し量るように小川を見据える。
「……そういうことは夢だろうがやっちゃいけないと、思わなかったのか?」
「……確かに、最初は躊躇ったよ。警察官としてこんな行動はいけないと戒めたさ。私の癖が法律に反する上にやってはいけないことだなんて知ってるんだ。だがね」
小川はぽつりと。しかししっかりと呟いた。
「心でこれは夢だと、夢なんだと確信している自分がいる。そして夢なんだから何をしてもいいんだという自分がな。ただ知らない誰かに言われたのに過ぎないにも関わらずだ……そこで私は考えたよそこまでして自分を抑え込む必要があるか?とね。」
名前しか知らない目の前の全裸の男の話を健也はただ聞いていた。まるで授業のように。
「もう長い間がまんしてきたんだ。こんな機会じゃなきゃ私の望み……夢は絶対叶わないだろう。確かに悪かもしれないが……少しくらいわがまま言っていいだろう?どうせ夢なんだからな」
その言葉を聞けば健也はまるで死人のように全身の力が抜けた、たとえ銃で撃たれようと頭を蹴飛ばされようと放さなかった唯一の武器である日本刀をがちゃん、と落とし腕をだらんとぶらさげた。
(……なんだ、敵意も殺意も感じられない。諦めたか?)
いぶかしげな顔で小川は首をかしげる。罠かと警戒したがその顔にはもはや生気がない。明らかな隙だった。
(チャンスだ)
そう思った小川は自身で改造した特殊警棒を握りしめる。
(この子は傷が治せる、ならば一撃で頭蓋を叩き割って撲殺しよう……しかし期待外れだ。もう少し頑張ってくれるものかと思っていたが)
失望の色を浮かべながら小川は透明にした特殊警棒を振りかぶる。全身の力を集中させたそれは容易に健也の頭を砕き割る。
……はずだった。
健也はぴくり、とほんの少し体を動かせば一切の無駄がない動きで小川の懐に潜り込んだ。そして振り上げてきた腕を、否、正確には見えない袖をつかみ腰を落とすと相手の勢いを利用して勢いよく投げる。
小川の巨体が宙に舞った。
そう。
たとえどれほど小川が防具を纏っていても、いや纏っているからこそ柔道の技は防げない。しかも畳という柔らかいものの上で行われる技を固いコンクリートの上でやればどうなるか。
「う˝、が、ああっ!!」
小川の肺は圧迫され一時的な酸欠に陥った。痛みは薄いが体が一時的に機能しなくなる。
その隙を健也は逃さない。足で落ちた刀を蹴り上げればその切っ先を小川の顔面に向けて突き刺していく。
「っ!」
小川は必死に顔を逸らす。しかし剣先は到達する前に何かに遮られて軌道がずれた。かく、とほんの少し健也の大勢が崩れた。それを見計らったかのように小川は満身の力で腕を振るい健也のバランスを崩させる。
「うおっ」
健也はふらふらと転ばないように後ろに下がる。その時間に小川はよろよろと立ち上がった。
(な、んだ?諦めたんじゃなかったのか!?)
驚いた顔の小川とは対照的に健也は活力に満ちた顔でこう言った。
「……ぶっ殺す」
この時
健也は自身の中にいる剣也が邪悪に笑った気がした。
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