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ある王国兵の手記

作者: すいばり

 私は王国に仕える一介の騎士だ。


 現在の職務は主に王族の方々の護衛を行なっている。

 護衛といっても終始近くにいるわけではない。私は他の場所にいる兵士から預かった王族の方々への伝令をすることが多い。


 こんな私だが、妻がいて先日…子供も産まれた。

 幸せの絶頂…というところなのだろうが、これから父として息子のためにしっかりと稼がねばならない。


 王国に勤める以前、私は産まれ故郷である街の警備兵として勤めていた。

 私は自分の育った街のために働きたいと考え、兵士への道を選んだ。

 その時に、今の妻と出会ったわけなのだが…それはまた別の機会に話すとしよう。


 当時の領主は横柄な態度で兵士や民からも恐れられていた。

 自分の気に入らないことがあると近くにいる兵士を殴ったりした。酷い時には持っている剣で刺された兵士もいた。


 皆、恐怖に震え、誰も抵抗できなかった。

 私も抵抗すれば、家族に何をされるか分からない…と考え、理不尽なことをされても耐えていた。

 上官も領主に逆らえないからか、領主からの無理難題な要求を我々にそのまま要求し、部下達は辟易していた。

 そのため、兵舎の中で休憩していても皆、疲れた様子で会話もなかった。

 ただ…言いたいことも言えず…時だけが過ぎていった。


 目の前で領主の息子が民から理不尽に年貢を取りたてている時でさえ、ぶつかってきたと言い掛かりをつけて子供を蹴りとばしている時でさえ、私は拳を強く握ることしかできなかった。

 私は何のために兵士になったのか…そんなことさえ忘れていた。


 そんな状態が2年近く、続いていたある日…

 いつものように難癖をつけて領主の息子が露店で果物を売っている店主と揉めていた。

 事の発端は、領主の息子が店の果物をお金も払わずに食べ、

「ここは俺の領地なのだからここで実った果実は俺のものだから金を払う必要はない。」

 と言ったことであった。


 そんな騒ぎが起き野次馬が集まる中、暗い緑色の髪でボサボサ頭の男がやってきて領主の息子の肩を叩いた。

「あんた、一部始終を俺…見てたんだけどさぁ…完全にあんたが悪いよ。謝んな。」

 店主も集まった野次馬も私も

このボロボロの服を着た男…殺される…

と思った。

「なんだ、お前…!!!私を誰だと思って口を聞いているんだ!!」

領主の息子は口撃の矛先をボサボサ頭へと移した。


「いや、知らねぇけど…人としてさ…領主の人間だからってお金払わずに店の品物食うって言うのはどうなのよ?土地はあんたのかも知れないけどさぁ…そこから果物を手塩にかけて作ったのはそこの店主だろ?…だからここにある物はあんたが作ったーもんじゃない。」


 そう言うとその男は店主から店にあったリンゴを買った。

 店主は困惑しながらも金を受け取り

「あんた、早く謝んないと殺されるぞ!」と男に謝罪を促していた。


 領主の息子は怒り狂った様子で

「殺す!殺す!殺す!!私に対してそのような態度をとるとは…許さん!!絶対に許さん!!」

 と腰に差していた剣を抜く。

「私は王国騎士に入隊するために王都メガラニカで剣技を習得しているのだぞ!」

領主の息子はそういうと剣を構えて目の前の男と対峙した。


「へぇ〜…そうなのか…」

 男は林檎を食べながら興味なさそうにしていた。それに差している剣を抜こうともしなかった。

「剣も抜かぬとは…その剣は飾りなのか?ハハッ、後悔させてやるぞ!!死ねぇい!!!」

 領主の息子が剣を大きく振り上げて男に斬りかかった。


 しかし、その瞬間…男はすでにその場所にはいなかった。

 領主の息子も自分の目の前で一体何が起こったのかよく分かっていない様子だった。

 すると、男は領主の息子の背後に回りこみ、両腕を取ると地面へ抑えつけた。

 物凄い力だったのか、領主の息子は右手に持った剣をすぐさま地面へ落とすと、男は左手だけで領主の息子の両腕を押さえつけていた。そして、その男は領主の息子の背中の上に乗り、右手で先程の林檎を食べている。


 私も含め、皆が呆気にとられているなか…金色の髪をした眼鏡をかけた気品のある長身の男が、野次馬をかき分けてボサボサ頭の男にゆっくり近づいて来た。


「クラルテ様、勝手に1人で宿屋から出ないでください!ってあれほど言ったじゃないですか!」

「悪りぃ、リース…お腹空いちゃってさぁ…んで、外に出たらなんか騒ぎが起きててさ…」


 野次馬が騒ぎ出す。

「お、おい…あの髪の色…それに長身…しかも…リ、リース…ってことは…王国騎士…五侯の、五侯のリース様じゃねぇのか…!?」

「あの林檎食べてるヤツは…クラルテって呼ばれてたぞ…クラルテって…あの第2王子のクラルテ様じゃねぇのか!?」

野次馬達が沸き立ち始めた。


「リース、お前…人気者なんだな…」

クラルテ様はヒヒヒッと笑う。


「そんなことはどうでもいいんです!!何の為に1週間前から隠れて証拠を集めに来たと思っているんです?騒ぎを起こさないようにとあれほど念を押したのに…私の念密な計画が台無しです!!」

 眼鏡をクイッとあげてリース様へ詰め寄って言った。


「いや、証拠も何も…こいつ…民達に難癖つけてんの俺は見たぞ!それに身分隠さなきゃって偽名まで付け合ってたのによ〜…リース、お前…皆がいる前で大声で本名言ってどうすんだよ〜」

 リース様はクラルテ様のまともな返しに戸惑っていた様子だったが…ゴホンと咳払いをした。

「…すでにこの騒ぎが起きてしまえば、身元はすぐにバレてしまいますからね…そう判断したので、偽名でお呼びしなかっただけですよ」



「本当かね〜…」

 そういうと領主の息子の背中からクラルテ様を立ち上がった。


 領主の息子はすぐに土下座をしていた。

「まぁ、王族の俺に剣を抜いて攻撃したってことは…反逆罪だよね?」

 領主の息子の顔が青ざめていくのが分かった。


「君はここの領主…ライゲン家の息子だろ?息子の躾ができてないのは親の責任でもあるからね…」

 クラルテ様は領主のいる屋敷へ視線を送った。


 慌てて領主の息子は懇願した。

「お願いします。父上は関係ありません。罰するなら私だけ罰してください!お願いします!お願いします!」


「まずはさ…やることあるんじゃない?」

クラルテ様は領主の息子に問いた。

「はっ…クラルテ様、大変申し訳ございませんでした。」

領主の息子は地面に頭がめり込むのではないかというくらい深々と頭を下げていた。


「はぁ…駄目だこりゃ」

 クラルテ様は手を広げ、ため息をついた。


「リース、こいつを反逆罪の現行犯で捕まえて。それからライゲン家の現当主のトマス・ライゲンも共謀の疑いありとして捕らえよ。」


「はっ、承知いたしました。」

 リースは領主の息子の腕を取ろうとする。

「なぜですか、何故…お許しいいただけなかったのでしょうか?これだけの謝罪では足りないのでしょうか?せめて父上だけは…何卒…何卒…」

 領主の息子は泣きわめいた。


 クラルテ様はまた手を広げて、ふぅ…とため息をついた。

「俺に謝罪するのは、正解じゃ〜ない。あんたがまず謝罪しなければならないのは…果物屋の店主だろ!そんなことも分からないのか、あんたは…!はぁ…話すことはもうない…リース…」

「はっ…」

「さぁ、来い!」

 リース様に腕を掴まれた領主の息子はうな垂れてそれから言葉を発しなかった。


 さーて…っと

 クラルテ様は伸びをして領主の屋敷をチラッと見た後に私の方へ来た。


「あのさ…申し訳ないんだけど…あの屋敷までの道案内をお願いしたいんだけど…いいかな?」

 クラルテ様は私に道案内を頼まれた。

 私は身に余る光栄ですと答え、屋敷へと案内した。


 道中、私は不思議に思っていたことを聞いてみた。

「クラルテ様、先程はありがとうございます。本来ならば私達が騒ぎを収めねばならないのですが…」


「いや、大丈夫!!そこら辺の事情は知っているんだ。まぁ…2週間くらい前に知ったんだけどな…」


「何故、クラルテ様はこのような辺境の街にいらしたのですか?」


「こないだ、城の兵士達が話をしていたんだ。新しく入ってきた兵士がこの街の出身だったらしくて、この街の実情を別の兵士に話してたんだよ。でさ、そんなの聞いたら、王族の者としては…見逃すわけにはいかないだろ?んで…そいつから詳しい話を聞いてリースに相談して、1週間前にこの街に入ったってわけ。」

クラルテ様は包み隠さず、事の経緯を教えて下さった。


「そうだったのですか…」

私は自分の家の隣に住んでいたユニスがこないだ王国騎士になったと報告してきたことを思い出した。


「悪いな…長い間苦しい思いをこの街の人達にさせてしまった。王都から遠い…この街まで目を光らせることができなかった。申し訳ない。」

 クラルテ様は頭を下げた。

「と、とんでもございません。こんな辺境の街までいらしていただいただけでも光栄です。」

 なんと秀逸な方なのだろう。私は感動に打ちひしがれた。


 そうしていると屋敷の門に着いた。

「ここまで、道案内ありがとう。名前はなんと言うんだ?」

 私は唐突な質問に驚きながらもリゲルと答えた。

「そっか、俺はクラルテって言うんだ。王国で第2王子をやってる。ここまで道案内ありがとう。リゲル。じゃあな〜、またいつか…」

 そう言うと…屋敷の門を開けて手を振りながら中へ入って行った。

 私は頭を深々と下げて、先程の道を引き返した。


 あんな方がいるのか…私には信じられなかった。貴族という者は私はあの領主しか知らない。だから、ロクなヤツらではないと思っていた。

 私は自分の中の偏見があったことに自己嫌悪した。


 ほどなくして、クラルテ様が領主達を連れて街まで戻ってきた。抵抗する様子もなく大人しく王都へ輸送された。


 その後、クラルテ様は中央広場にある演劇用の台に乗って皆に話をした。

「えぇ〜…私は王国…第2王子。クラルテ・ウォーリックである。皆が苦しい思いをしている中、助けるのが遅くなって本当に申し訳ない。王族の者として謝罪する。ライゲン家は反逆罪、そして領民への今までの行為に対して然るべき処分を下す。これからは、私が信頼している者にこの地を治めてもらう。以上だ。皆…今後ともこの国の為、力を貸して欲しい。よろしく頼むぞ。」

クラルテ様の話が終わり、広場には一瞬の沈黙が支配した。


 ウォー!!!!!!


 空気が震えるほどの歓声が起きた。泣きわめく女性、踊り出す老人、皆…歓喜に沸いた。私も隣にいた同僚と肩を組んで喜び、その日は街中がお祭り騒ぎとなった。

 翌朝、頭痛がして目を覚ますといつもの酒場のマスターがいた。どうやら酒を飲んで寝てしまったらしい。クラルテ様は?私はマスターに聞いた。

「なんでもあの演説した後すぐに王都へ戻ったらしいぞ。いやぁ〜あんな方が王族にいるんだ〜ね〜」

マスターは昨日のどんちゃん騒ぎが起きた店の片付けをしながらチェイサーを渡してくれた。


「本当だよ…」

出されたチェイサーの氷が朝日を反射してキラキラと輝いているのを私は見つめていた。



 それから私はクラルテ様への恩を感じ、王国騎士を目指した。

 なんとか、無事に王国騎士になることができた。クラルテ様にお会いするのは伝令を届けに行く時くらいであったが、忙しそうにしていることが多く、あの時のように話をすることはほとんどなかった。しかし、クラルテ様のお役に立てると思うと嬉しかった。


 そんなある日、今日…久しぶりにクラルテ様とお話をした。

 しかも、もう2年も前のことなのに私の名前を覚えてくれいた。

 とても…感激した!!

この方に私は忠義を尽くす!そう心に決めた瞬間だった。



 息子よ…私からの願いだ。

何かあったらクラルテ様をお守りして欲しい。あの方は今後の王国に必要なお方だ。よろしく頼む。



父は小説が好きで、劇作家を目指していたことがあった…そんな話を母から聞いた。

俺が読み書きできるような歳になったら、聞かせてやるんだと…耳がたこになるくらい聞かされていたと母は言っていた。


ドンドンドン…!!

急に慌ただしく扉を叩く音がした。


「おい、招集がかかったぞ!!急いで城門に集まれ!!」

荒げた声が扉の外から聞こえた。


「はい!!直ちに向かいます!!」

俺は、机に出していた本を引き出しへしまい、愛用の武器を持ち、準備を始める。


父さん…行ってきます。


自分の部屋に飾られた父の兜に声をかけ、城門へ走り出した。


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[良い点] 水戸黄門だ! [気になる点] なんで後日談があとがきに?
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