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旅立ち

はじめに

この小説を誰かに捧げる。

誰かって?ボクにもよく分からない、でも誰かに捧げる。

なぜならボクは友達が少ない。つまり捧げられる人がいないのだ。

というわけで誰かに押し付けてやろうと思う。



幼い頃、星には人が住んでいると思っていた。純粋な気持ちのまま詩をしたためると、それが新聞に載ったことがある。嬉しかったボクは、将来詩人になると誓った。次々と創作していく中で、ある時星は燃えているのだと知ってしまった。それからというものボクは完全に創作意欲が無くなってしまい最近まで書かなかった。しかしふと思い書き始めるとあら不思議、幼い頃は夢のある詩が書けていたのに今では、社会への恨みやら、妬みなんかで染まってしまい汚れた詩しか書けなくなっていた。

大人になるとはつくづく嫌なことだと思う。

ボクは再び書くのをやめた。もう純粋な感情で言葉を紡ぐ事がボクにはとても難しかったんだ。

詩人になる事を完全に諦めたボクは、数字と時間に追われながら働く事にした。誰かを綺麗に見せるため、または喜ばすために裏方で働いたボク。

初めのうちは誇りがあった、誰かのために献身的に働く、そんな自分が誇らしかった。そして気が付いてしまった。『誰か』を喜ばすためではなく、『誰かを喜ばすボク』のために働いている事に。現に仕事で出会った人の顔や名前を覚えていない。

自分自身にがっかりしてしまった。そんな時に、人間関係にもヒビが入り間も無くボクは仕事を辞めた。正社員だった。


地元に帰り、程なくしてボクは今まで稼いだお金を握りしめ旅に出る。周りには次の就職試験には時間があるからと言って飛び出した。本音は、少しでも長く働かなくてはならない現実から逃げたかったんだ。


ろくに準備をせずにボクはバイクにまたがった。

そんな時だった、とある1人の変態……もとい少女と出会った。


ある山中の道でボクは困り果てていた。ガス欠だ、ケータイの電波も届かない。なので電波が届く場所までバイクを押して歩かないといけなくなってしまった。

頑張って歩くもいつしか日が暮れ始め、仕方なく山中の片隅で野宿した。

明かり一つない真っ暗闇の中でボクは考える、生きている人の中でどれだけの人が本当の夜を知っているだろうか、頭上には満点の星空。じりじりとせり上がってくる心細さと恐怖心、時折冒険心が鎌首を持ち上げるも木々の葉が擦れる音と共にかき消されてしまう。ボンヤリとした輪郭の世界の中で、自分を落ち着かせるためにお茶を飲む事にした。荷物の中からポケットストーブと固形燃料、それから小さなケトルを取り出した。ケトルに水を入れポケットストーブにセットする、その後、固形燃料に先の長いライターで火をつけた。

小さな炎が一つ灯った、風に吹かれユラユラとなんとも頼りない。しかし、先ほどまで心の大半を占めていた恐怖心が和らいでいく、なんとも不思議な事だ。人は大昔から現在も明かりを見ると安心するらしい、それは人以外の動物が火を恐るからか、暗闇の中であっても先を照らし出し視覚を確保できる為か、または単純に暖を取れるからか、ボクには分からない、しかし遥か昔から続く本能のおけげで安心感を享受する事ができた。

お湯が沸くまでの間にテントを設営する事にした。殆ど手探りで作業を開始する、焦りなんて無かった。ボクには小さいながらも立派に闇を照らしてくれる炎があるのだから。

設営が終わる頃にはケトルから湯気が吹き上げていた。炎がより小さくなっていく、ステンレス製のコップに緑茶のティーパックを入れ、消えかけてゆく明かりを頼りに湯を入れた。

入れ終わるとテントに向かって歩く。途中で炎が消え再び闇に閉じ込められた。

テントに入ると、獣対策の為に音楽をかけることにした。スピーカーから軽快なリズムの音楽が流れる。何故こうも〝萌えアニメの主題歌″って元気が沸くんだろうな。と思う。不安がある時に聞くと効果てきめん、悩んでいる事がバカらしく思えてくる。

暫く音楽に耳を傾けた。あ〜、心がぴょんぴょん。


ボクは熱々のお茶をゆっくりと飲んだ。じんわりと心が温かくなってくる。バイクを押して歩いたため、疲れていたボクは、すぐにうとうとと眠りこけてしまった。相変わらずスピーカーからは萌えアニメの主題歌が流れている。その為にボクはテント近くで聞こえる「フッ、フー」という怪しい音に気がつかなかった。


時刻は分からない、ただ空には満点の星空が広がっていたはずなのに今は、ひと粒たりとも見えず不気味に真っ暗だった。


「カサカサ、ペラ、ペラ、フフッ」という音で目を覚ました。持っていたステンレス製のコップはすっかり冷えており、そこから体温を奪われていくような感覚がする。未だにスピーカーから軽快な音楽が流れる。聞き覚えのある歌詞に混じって聞き覚えのない雑音が混ざっている。

ボクは身体が凍りつきそうだった。テントの外に何かがいる。

カサカサと絶え間なく音がたてられ、しばらくすると、ぼんやりと灯った人工的な明かりが見えた。

そこでようやく、音の正体が人間だろうと思った。

なぜこんな山の中に?疑問に思ったボクは、暫く様子を伺う事にした。


「デュフフ……コポォ……フオッカヌポォ……萌ええええええええ。」


などと言う不思議な呪文が聞こえる。一応ボクは、一介のオタクである。外にいる者は、何かに萌えて笑っているオタクだと気が付いた。

一つ息を吐き出し、ボクは外に顔を出した。


幼い頃、詩人を目指していた。だから、お洒落な感じで、目の前に広がる光景をここに記そうと思う。


〝その者、青き衣をまといて、薄い本を抱え大地に降り立つべし。失われし萌をかき集めついに人々を〝腐〟浄なる沼に叩き落とさん……。″


全然分からないって?許して欲しい。ボクは詩人を諦めてから、ろくに文章なんて書いていないのだから。

簡潔に言うと、ドラム缶からボンレスハムが生えている感じの体型の女の人が、地べたに座っていて、手にはB5サイズぐらいの大きさの本を持っている。ボクの方を見ている顔は、年2回開催されるビックイベントのニュースによく映りそうな、「生まれ落ちた瞬間からオタク的な」人が居た。


ボク達は暫く見つめ合っていた。そこにロマンスなんて一切なく、野生動物が睨み合っている感覚に似ていた。

不意に女の人が口を開いた。


「ねぇ……BL描いてよ……。」


ボクは無言で外に出していた顔を引っ込め、寝袋に包まった。

外ではガサリ、ガサリと落ち葉を踏みつける音がし、大きな影がテントを覆い尽くす。

きっと、テントに向かってボディプレスをかまされたら、ひとたまりもないだろう。

ボクは観念してもう一度外に顔を出した。

目と鼻の先に、先ほどの女の人の顔があった。


「うわぁ」


思わず情けない声が出た。

女の人は、ボクが怯えていることなど微塵も気にしていない感じで再度口を開いた。


「ねぇ、BL描いてよ」


その声は、地獄の底まで届くのではないかと思うほどよく通る声だった。

そしてボクの事などお構いなしに、紙とペンを押し付けてきた。


一つ言っておきたい。ボクは絵なんか描けない、ましてやBL。未知の領域である。

しかし、描かねばお前をホモビデオに出演させてやると言わんばかりの有無を言わせぬ迫力があった。

震える手を必死に動かし、紙に近づける、何度かペンを落としてしまいその度に女の子の眉間にシワが寄る。

怖くてたまらなかったが、なんとか紙に描く事ができた。

ボクは紙に「BL」と描き、女の子の眼前に突き出し祈った。

これを見て、シラけて立ち去れと。


女の子は、長い間紙を見つめていた。ボクの背中を嫌な汗が伝っていく。そして、その時は突然訪れた。


「おいいいいぃ⁉︎ちよっ、おまっ‼︎ええっ‼︎‼︎」


急に奇声を上げるやいな、巨体に似合わぬ動きで、近くに置いていたトートバッグから、長方形の小さな物を取り出した、多分スマホのような物だと思う。それから、「カシャ」と音をさせたと思うと、猛烈な勢いで長方形の物を指で叩き始めた。


呆気にとられて、女の子の行動を見ていたボクだが、はっと思いついた。今ならここから逃げる事ができるのではと。それからの行動は速かった。貴重品を入れていた帆布製の肩掛けカバンを引っ掴み、テントから転がるように飛び出し、手早く靴を履く。外には今まで気が付かなかったが、B5サイズの様々な厚さの本が、これ何の儀式だよと言った感じにテントの周りを囲うように散りばめられていた。ボクはそれらを蹴飛ばすように、円の一角から夜の闇をめがけて駆け出した。



つづく


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