故郷を去りて何を思うか
「レティシア、レティシア!!」
白亜の美しい建物と、そよぐ風、そして庭に咲く美しい花々。
一年中美しい花々が咲き誇り、美しい自然が拝めることで人気の観光国ユーティストの王女、はしきりに誰かの名前を呼びながら歩いていた。
真っ白な生地に水色のフリルやリボンがついたドレスを持ち上げながら、桃色の髪をなびかせて歩いている。
ミーリア女王は、女王という肩書の割には非常に若く生娘のような美しさがある。
何度も「レティシア」と長期間誰かを探して歩いていることから、真っ白な頬は自然と薔薇色に染まり、揺れる桃色の髪も相まって一枚の絵のようだ。
「ったくもう、千歳になったばかりのこの母を労って頂戴!」
大きな赤色の目は忙しなく動いており、未だにレティシアという人物を探している。
幼く可愛らしい女王の顔は、自然と目の端に涙が貯まり、今にでも泣きそうな表情になってくる。
「レティシア!!」
声はだんだんと悲痛な叫びになり、その声に女王としての威厳は感じない。
立ち止まった女王は、ふるふると体を震わせて下を向いてしまった。
その時だった。
「すいません、女王様。王宮専属暗殺兵長レティシア・ユーティストなら女王様の命令でロワール学院長の案内をしてます」
「あ、いけない。忘れてましたわ」
先程まで泣きそうな顔をしていた女王は、すぐに晴れ晴れとした表情に戻ってしまった。
「そもそも、女王様がレティシア様に仕事をさせたくないって駄々をこねたから、こんなことになったんですよ!」
「……でもね、私国を守るために好きでもない人と体を重ねることってよくないと思うの。この前もレティちゃんったら、男の人に体を見られても平気にしてたし」
この時、ふと女王は悲しそうに目を伏せる。
そんな女王を見て、貫禄にある兵士もまた苦しそうな、悲しそうななんとも言えない表情で黙ってしまった。
そうして、暫く静寂があった後、兵士がその静寂を終わらせるように、おずおずと話しだす。
「ま、まぁあの人はちょっと可笑しいところがありますよね」
「だから、人を増やすのよ。学校に行って、お友達を増やして恋人も作って幸せになって戻ってきてほしいの」
先程までのふわふわとした少女のような面影はなく、今あるのはただ一つ。
娘を大切にする母親だけだ。
「でも、レティシア様が居なくなるのは致命的ですよ。ただでさえ、敵国のグラウスは勢力を増してきてるんですから」
それでも、貫禄のある兵士は気まずそうな表情を崩さない。
レティシア……、彼女がそれだけ重要で信頼されている証拠だ。
「アッシュさんが居るじゃない、大丈夫! それに、リッツ君も頑張ってくれるわ」
励ますように言うものの、何処か兵士の不安な拭い切れない様子だった。
しかし真剣な表情の女王を見ると、兵士は一つため息を付いた。
「ったくもう、危なくなったらすぐレティシア様に連絡しますから」
やれやれと言った感じで首を横に振る兵士は、近くにある扉を開いた。
すると、扉から新米らしい若い顔つきの兵士が顔を出す。
この兵士達はミーリア女王のように耳は尖っておらず、丸い人間の耳をしている。
「女王様ってお若いんですかね」
いつの間にかに女王が居なくなってしまったことを確認するかのように、若い兵士は辺りを見渡した。
「さぁな、エルフなんざ年はあってないようなもんだから。その証拠に女王様は百年前も千歳になったばかりと言ってたんだぞ」
「じゃあ、もう年齢は宛になりませんね」
「そういうことだ」
それだけ言うと、先輩らしい貫禄のある兵士は大きな木箱を持って歩き出した。
それに続き、若い兵士も同じサイズの木箱を持つものの、よろめきながら続いて行く。
「何処に運ぶんですか?」
若い兵士は苦しそうな声を出しながら荷物を運ぶ。
よたよたとしながら歩いているものの、歩くスピードや喋る口調に変化は見られない。
「王宮専属暗殺兵の塔に運ぶんだ」
貫禄のある兵士が顎で示した先には、離れに立つ一つの塔だ。
蔦で覆われた建物は、年代を感じるものの、その様子も相まって美しく見える。
「暗殺兵と言えば……、王宮から依頼を受けて暗殺や情報収集、そして情報撹乱をしてくれる兵ですよね。基本フリーなんじゃ?」
「普通はな。そもそも、そういう暗殺兵はいい仕事をしてくれるんだが、信用できない」
貫禄のある兵士はため息を付きながら後ろを振り向く。
その表情からして、「何も知らないんだな」と言いたげだった。
そんな様子の先輩を目の当たりにした若い兵士は、肩をすくめながらおずおずと続ける。
「何故ですか?」
「金が全てだからさ。例えばのはなしだが……、A国があるとしよう。そのA国がB国の情報撹乱を依頼して完了された」
貫禄のある兵士は呆れた様子で話すものの、説明し始めれば論文を読む教授のようにハキハキと喋り、そして活き活きしている。
二人は並びながら、少しペースを落として歩き続けた。
「よくる話ですよね」
「そうだ。でも、暗殺兵はその後B国の依頼も受けてA国の暗殺や情報収集なんかもしてしまうんだ」
貫禄のある兵士は、「どうだ」とでも言いたげな悪戯っ子のような表情で笑いかけた。
そんな様子を見て若い兵士は、顔をしかめる。
「後々まずくないですか?」
「奴らは住居を転々としているからな。それに暗殺兵には暗殺兵の連絡網がある。暗殺兵に何か仕掛ければ全暗殺兵から命を狙われることになる」
「色々と面倒なんですね、じゃあ城にいらないんじゃ?」
何処か腑に落ちない、といった表情で若い兵士は首を傾げる。
どうにも説明が納得いかないで必死に唸りながら悩んでいた。
「暗殺兵が仕事をしているおかげで、ユーティストの敵国であるグラウスは内乱を初めて、この国に攻撃を仕掛けてこないんだ」
「へー、初めて知りました」
驚いた声を上げた若い兵士の反応を見て、貫禄のある兵士は待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
全て、計算通りといった表情だ。
「それに王宮専属という名は伊達じゃない。王宮専属暗殺兵達は自分達のことを”飼い犬”と自称するほど忠誠心があるから、そこまでするんだ」
まるで、自分のことを自慢するように自信満々に話す貫禄のある兵士の顔を見て、若い兵士は嬉しそうに微笑んだ。
わからないから聞く、というよりわからない振りをしているようだった。
「なんで、この城だけを守ってるんでしょうね」
「そりゃもちろん、レティシア様はこの国のお姫様だからさ」
「……あれ、あの人男じゃ?」
嬉しそうに笑いながら質問する若い兵士に、大げさなアクションをしながら教えてやる貫禄にある兵士。
二人はとても仲良さそうに並んで歩いていく。
「魔力の力で変装しているだけさ。さぁ、ついた」
幼い子供に話しかけるように、貫禄のある兵士は若い兵士に微笑みかけた。
そうして、貫禄のある兵士は箱を下ろすとうーんと大きく背伸びをした。
「坊主、そろそろ戻っておやつにするか」
「あ、自分は他の所でやることがあるんで」
「そうか、早く戻ってこいよ。まだまだ教えることは山ほどあるからな」
ガハハ、と豪快に笑って貫禄のある兵士は元きた道と歩いて行ってしまう。
その後姿を手を振りながら見送った若い兵士の周りから煙が出て、煙が晴れる頃には、先ほどの若い兵士の姿は居なく、代わりに桃色の腰まである長い髪の女が立っていた。
顔立ちは美しく、微笑む姿は妖美だ。
女は、ぷっくりとした美しい唇をぺろりと舐めると先程運んできた箱を開ける。
中には、卵が入っており、もう一つの箱にはふわふわの白い饅頭のような食べ物が入っている。
女は、饅頭のようを掴むと、上品に両手で掴んで頬張った。
「んー、美味しい」
満足そうに微笑む頬は自然と薔薇色に染まっており、真っ白な肌とのコントラストが非常に美しい。
身長はミーリア女王くらいで、その顔立ちは何処かミーリアを連想させるものの、顔立ちは女王より大人びていた。
「さーて、ロワール学院長の接待に行かないと」
そうして、レティシア・ユーティストは急いで服を着替えて城のエントランスホールへと歩き始める。
離れ塔の近くにある噴水の水は宝石のように輝いており、空は透明感のある青が暑さを語っている。
その歩いている途中、先程の貫禄のある兵士と若い兵士が見える。
「あれ? お前、用事は終わったのか?」
「え? 自分は、ずっとここで温泉卵と肉パンを食べてましたよ」
「え、じゃあさっきのは……?」
「変身魔法を使える実力者なんて、この世界を探せどレティシア様くらいしか居ませんよ。もう、しっかりしてください!」
貫禄のあるいつもの表情は崩れ、目を見開いてレティシアのほうを見る。
すると、レティシアは口に手を当てて可愛らしく笑った。
そうして、口には出さずに「ごめんね」と口パクで謝罪するとその場に居た初老の男性と共に歩き始める。
そんなレティシアの後ろ姿を見ている赤いウルフヘアーの男が立っていた。
銀色に磨かれた鎧は、辺りの風景を映し出す程綺麗に磨かれており、黒いレリーフが更に高級感を引き出している。
「……なんだ、また引っかかったのか」
「おや、騎士団長。またと言いますと?」
「あの馬鹿、よくああやって人を騙すのが好きなんだ」
騎士団長は、眉間に皺を寄せながら大きくため息をつく。
慣れているらしく嫌そうな表情のまま歩き出した。
「リッツ騎士団長、この後の予定は?」
「あー、アッシュの奴と会議」
「アッシュ、というとレティシア様の師匠ですか」
「おう、レティが居なくなるから今後の会議をするんだとよ」
「ご報告、お待ちしております」
「おー、お前はもう騙されないようにな!」
ひらひらと手を振るリッツ騎士団長の右腕には、先程レティシアたちが運んでいた木箱の中身の食料が握りしめられていた。
taxさんへ
書き直しました。
この後数日寝かせて文法をチェックしていきます。