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13 マーカス卿とジュリア

 ゲチスバーモンド伯爵夫人に緑陰城から呼び寄せられたマーカス卿は、王宮の舞踏会に自分の居場所は無い気がしていた。テラスで隣国のルーファス王子と話しているジュリアを舞踏会の会場に連れ戻すようにと命じられたが『何故、自分が?』と首を傾げる。


 それでもグローリア夫人の言いつけに逆らうわけにはいかず、リュミエールが眩しく煌めかしている舞踏会場からテラスに出ると、白いドレスを着たジュリアがジョージの目に飛び込んだ。


『ジュリア! なんて綺麗なんだ!』


 スラリとした細身が引き立つ白いドレス、ふわりと結い上げられた髪にはティアラが煌めいている。そのティアラより美しいとジョージは、緑の瞳の煌めきに心を捕らえられる。


「マーカス卿! いらしていたのですね」


 見惚れていたジョージに気づいたジュリアが、隣国の王子に紹介する。


「ルーファス王子、セドリック様、こちらは緑陰城の城代をしているマーカス卿です」


 ジョージは礼儀正しくルーファス王子に挨拶したが、グローリアからの言いつけを実行するこのには勇気がいった。


「ジュリア、伯爵夫人がそろそろ舞踏会場に戻るようにと仰られているのですよ」


 田舎の城代如きに折角のチャンスを台無しにされるのをルーファス王子は残念に思った。


「そんなぁ、ほんの少ししか話せていませんよ。もう少しここに居ても良いでしょう」


 ジュリアは舞踏会で見知らぬ貴族達とダンスを踊るよりは、サリンジャー師やセドリックなどを交えて話している方が楽しいので、ルーファス王子にそう言われると躊躇ってしまう。


「マーカス卿も一緒にお話ししませんか? ルーファス王子、セドリック様、マーカス卿も精霊使いなのですよ」


 ルーファス王子とセドリックは、やはり精霊使いが多いのだと羨ましく感じる。


「首都以外にも精霊使いがいるとは羨ましい」


 ジョージは、異国の王子に羨ましがられて恐縮するしかない。


「精霊使いと言っても、サリンジャー師とは別物ですから。緑陰城の城代をするのに、少しだけ便利な程度です」


「そんなものなのですか?」


「いえいえ、マーカス卿のお陰で緑陰城は上手く運営されています。精霊使いとしてだけでなく有能な城代なのですよ」


「へえ、詳しくお話を伺いたいですね」他国の領地の経営に興味をルーファス王子とセドリックも興味を持つ。


「もともとゲチスバーモンド領は精霊の恵みの多い土地ですから、私でなくとも城代は務まりますよ」


 恥ずかしそうなジョージをサリンジャーは後押しする。ここで逃げていたら負け決定だ。


「いえ、恵みの多い土地だからこそ、信頼できる城代が必要なのですよ」


 ルーファス王子達も頷く。


 他国に巫女姫を嫁に出す気が無いサリンジャーは『伯爵夫人が心配なさって、マーカス卿を遣わせたのでしょう』と後押しするので、ジョージは身分の高い人達と留まることになった。


「サリンジャー師の仰るとおりだと思うわ。信頼できる城代だから、お祖父様は安心して緑陰城を任せておられるのよ。それにしても、ジョージ様はいつシェフィールドに来られたのですか? 気づかなくてごめんなさい」


 ジュリアは、祖母のグローリアに磨き立てられていたので、ジョージが領地から着いた事も知らなかったのだ。


「夕刻には着いていましたが、ジュリア様には挨拶が遅れて申し訳ありません」


「まぁ、それなら一緒に馬車で来れば良かったのに」


 ルーファス王子は、自分がエスコートして舞踏会に来たのに、全くその気が無さそうなジュリアに流石にがっかりする。


「ジュリア様……ルーファス王子にエスコートされて来られたのでは?」


 ジョージのつっこみに、全員がプッと吹き出した。自分の失言にやっと気づいたジュリアは、頬を染めて謝る。


「あっ、申し訳ありません。つい、馬車にはもっと乗れるからと思ってしまって……」


 馬車にぎゅうぎゅうに詰めて乗る必要など無いのだと言っている途中でジュリアは真っ赤になる。乗り合い馬車など乗るような人はここにはいないのだ。


「そうですねぇ、帰りはマーカス卿も一緒に帰られてはいかがですか? ゲチスバーモンド伯爵邸に宿泊なさるのでしょうから」


 いつもは穏やかなサリンジャー師の思いがけない攻撃にあい、ルーファス王子もセドリックも、巫女姫を外国に嫁がす気がないのを実感した。


 しかし、めげないルーファス王子は、曲が変わったのを合図にジュリアを優雅にエスコートして舞踏会場へと戻った。


「では、私も舞踏会場に戻ります」


 ルーファス王子の付き添いとしてやってきているセドリックがいなくなった後、バルコニーに残されたサリンジャー師とジョージは少し話し合うことにした。


「私はどうもこういったパーティには不向きです」


 ジョージは、何故、自分がここにいるのか不思議そうに肩を竦める。


「それは、私も同じですね。でも、ジョージ様にはもう少し頑張って頂きたいのですよ」


「頑張るって、何をですか? ダンスとかは苦手なのですが……」


 伯爵夫人がわざわざ呼び寄せた意味を理解していないジョージに、サリンジャーはプッと吹き出しそうになる。


「ここに招待したのは、ゲチスバーモンド伯爵夫人はジュリアを貴方に護って貰いたいからでしょう。伯爵は、野心を未だ心の奥底に持っておられますが、ジュリアが心安らかに暮らせるのは緑陰城でしょうからね」


「ええっ! そんな馬鹿な! ジュリア様はエドモンド国王陛下のお孫様ですし、それに私は城代に過ぎません。それに、精霊使いとしても二流です」


 慌てて否定するジョージに、サリンジャーはちょこっと意地悪を言いたくなった。


「そんなにジュリアが気に入らないなら、仕方ないですね。他国の王子や貴公子に我が国の巫女姫を掻っ攫われては恥ですからね。私は年が離れていて、ジュリアには不似合いですが、ジョージ様がそこまで辞退されるなら、しかたないですね。ダンスでも誘ってみましょうか?」


「そんなぁ! ジュリア様を嫌っているわけじゃありません。とても美しいし、優しくて……でも、私なんかでは……」


「ジュリアは、身分で人を判断したりしませんよ。貴方が身分を気にして、ジュリアを遠ざけたら、このシーズンが終わるまでには、何処かの貴公子の腕の中でしょう。その人は、ジュリアの何を知っているのでしょうね。エドモンド国王の孫、豊かな伯爵領の跡取り、あっ、巫女姫としての能力も魅力的ですよね。貴方は、そんな相手と結婚したジュリアを緑陰城でお迎えしたいのですか?」


 ジョージは、ジュリアの素直な性格や恥ずかしがり屋なところなど全く関心がない心の冷たい貴族と新婚旅行で緑陰城を訪れた姿を想像して、ゾッとした。


「そんなの駄目です!」


「では、ジュリア嬢をダンスに誘いなさい。ほら、ルーファス王子から取り戻すのですよ」


 ジョージが舞踏会場に意気込んで向かうのを、サリンジャーは少し寂しげに見送った。


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