16 ジュリアの決意
「オルフェン城に囚われているエドモンドお祖父様や叔父様はご無事でしょうか? それと、戦闘に加わっておられるお祖父様や緑蔭城の皆様は……」
グローリアは、ジュリアに内戦の悲惨な様子などを知らせたく無かったので、召し使い達にも箝口令を発していた。しかし、1週間もたつと、前線のオルフェン城からは負傷兵達が緑蔭城に運びこまれるようになり、不安そうなジュリアに優勢だと教えることにする。
「そんな風に不安そうな顔をしてはいけませんよ。貴女もゲチスバーモンド伯爵家の一員として、南部同盟を勝利に導く為にシャンとしなくてはね! 今年の戦は此方に有利に動いています。シェフィールドからの援軍がオルフェン城に到着しなかったのですよ」
優勢だと聞いて少し安心したが、未だエドモンドお祖父様達が解放されたわけでは無いのだと気落ちする。しかし、お祖母様の仰る通り、緑蔭城に滞在している南部同盟の人達を不安にさせないように、しっかりとしなくてはいけないのだ。それと同時に、負傷者の手当や看護を手伝いたいとジュリアは思った。
「負傷者の手当を手伝いたいのです。何故、看護所に近づいてはいけないのですか?」
負傷者が運びこまれてから、ジュリアは看護所に近づかないようにと厳しく言い渡されていた。いつもは、お祖母様に逆らったりしないジュリアだが、今回は初めて問い詰める。
「貴女は未婚の令嬢です。回復期の負傷者のお見舞いなら許可しますが、負傷者の看護は他の人に任せなさい」
怪我をして動けない負傷者達は、排尿や排便なども不自由だ。それに、血や膿などにまみれ、苦痛に喘いでいる負傷者など、孫娘に見せたくないとグローリアは厳しく言い聞かせる。
「お祖母様、私は修行中の身ですが、精霊使いです。負傷者の手当も、風の精霊や水の精霊に頼めます」
グローリアは、ジュリアの真剣な緑の瞳の強さに溜め息をつく。孫娘を辛い現実から護ってやろうとしていたが、あのエミリア巫女姫の娘なのだ。親のエドモンド公に圧力を掛けられて、嫌々アドルフ王の側室になったが、隙を見て息子のフィッツジェラルドと駆け落ちした勇気を持っていたのだ。
「なにも自ら望んで、悲惨な情景を見なくてもよいものを……」
ジュリアはイオニア王国に来てから、自分の両親の死が内乱の切っ掛けになったと実感して、早く終わって欲しいと心から願っていた。勿論、母を無理矢理に側室にしたアドルフ王には嫌悪感を感じるし、両親を惨殺された恨みもある。しかし、オルフェン城を迂回して逃げ出した難民の苦労を目にして、気持ちを強く持ちたいと決意したのだ。
「早く内乱を終わらす為に、私も何かしたいのです」
グローリアは精霊を使い過ぎて疲れないようにと、厳しく言い聞かせてから、渋々許可を出した。
ジュリアが自分の考えを、お祖母様にも堂々と主張できるようになったと知ったら、サリンジャーは心より喜んだだろう。しかし、オルフェン城と首都シェフィールドの街道を封鎖して、激しい攻防を繰り返していた南部同盟に参戦しているサリンジャーは、そんなことは知らずにいた。
「オルフェン伯爵は、こちらの味方につかないのでしょうか?」
一緒に街道を封鎖しているジョージは、夜営地で簡単な食事をサリンジャーと共に食べながら、長引くと優勢を保てなくなるかもと心配している。何故なら、夜陰に浮かぶオルフェン城には南部同盟の旗頭であるエドモンド公が囚われたままだからだ。
「ゲチスバーモンド伯爵が何度も味方につくようにと、使者を送っておられる。オルフェン伯爵のエドモンド公の扱いが良くなっているとの情報もはいっています。どうにか、エドモンド公にこちらの様子をお知らせしたいと考えているのですが……」
精霊達は戦を嫌う。サリンジャーは幾度か精霊使いの能力を少し持っているエドモンド公に、手紙を届けたいと精霊を集めようと努力したが、血の匂いを嫌ってるので、見かけもしない。
「私は精霊使いの能力は劣っているし、水晶宮で正式な修行をしたわけではありませんが……緑蔭城のジュリアに、エドモンド公に手紙を届けて貰う訳にはいかないでしょうか?」
内乱状態のイオニア王国には昔ほどの精霊はいなくなったが、巫女姫の血を引くジュリアが帰国してからは、緑蔭城には精霊が集まっていた。その一部は、水晶宮からジュリアが呼び寄せた精霊だ。
「駄目元で試してみよう! ジュリアが緑蔭城に居たままで、できるのだから危険も少ないだろう」
早速、サリンジャーとジョージは、ゲチスバーモンド伯爵に作戦を話し合いに行く。