21 孫娘?
サリンジャーはゲチスバーモンド伯爵へ手紙が無事に届いたのは、師匠のカリースト師が尽力してくれたからだと感謝した。
『師匠はアドルフ王の支配下で大丈夫なのだろうか? 本来なら、精霊使い長として皆を導く立場なのに、通信塔の当番などをされていたのか?』
若手の精霊使いならいざ知らず、高齢のカリースト師には通信塔の登り下りは辛いだろうと心を痛める。とはいえ、あの真っ直ぐな気性の師匠が、愚かなアドルフ王の元で精霊使い長など出来る筈も無かった。
「ゲチスバーモンド伯爵は、いつ来られるのだろう?」
返信は信頼できる船長に届けてきたが、内乱の続くイオニア王国で、領地をそうそう留守には出来ないだろうと、サリンジャーは溜め息をついた。
「孫娘に早く会いたいわ!」
若い頃は見事なダークブロンドだった髪に、加齢とこの十数年の内乱の為に白髪が増えたグローリア伯爵夫人は、夫のアルバートを急かした。
「私も早く会いたいのはやまやまだが、これから夏になるのだ。無事に収穫を終えるまでは、領地を留守には出来ない」
夫人に心配させまいと、収穫を理由にしたが、冬になって北部が雪に閉ざされるまでは、アドルフ王の襲撃に備えなくてはいけないのだ。グローリア伯爵夫人は、夫が口に出さなかった理由を察して、亡くなった息子を思い出す。
『フィッツジェラルド、貴方は最後に娘を私達に託そうとしたのですね……なのに、ルキアス王国のゲチスバーグに、精霊が間違って運ぶだなんて、酷いですわ!』
詳しくは書かれてなかったが、捨て子として農家で育てられたと聞いて、グローリアは今すぐにでも引き取って教育したいと思った。内乱状態でなければ、自分一人でも孫娘に会いに行きたいぐらいだが、南部同盟の盟主の妻として、他の貴族達をもてなす必要もある。
長引く内乱に国中が疲弊しているが、アドルフ王には屈したくない。何度も退位をさせるところまで追い込んだのだが、精霊使いを押さえているアドルフ王は、なかなかしぶとかった。
「それにしても、エドモンド様がアドルフ王に捕らえられたのは痛いわ。エドモンド様もエミリア姫の忘れ形見のマリエールには会いたいでしょうに……」
アドルフ王の従兄弟であるエドモンド公は、反乱軍の旗頭であり、エミリア姫の父親だ。ゲチスバーモンド伯爵も、昨年、エドモンド公がアドルフ王の罠にかかり、幽閉されてから打つ手に困っていたのだ。
このような情勢なので、孫娘に会いたいと切望しながらも、なかなか国を留守にはできないのだ。
そんなイオニア王国の情勢など知らないジュリアは、ミリアム先生と勉強したり、サリンジャー師に精霊使いの修行をつけて貰ったりと、落ち着いた生活をおくっていた。
ベーカーヒル伯爵は庭で娘シルビアとバラの花を摘んでいるジュリアを眺めて、メイドだったとは思えないと溜め息をついた。
『まだ痩せているが……みっともないメイドが、この数ヶ月で女の子らしくなった。アナスタシアはジュリアが綺麗なレディになると言っていたが、私は信じられなかったのだが……本当かもしれない。
イオニア王国の精霊使いは容姿端麗だと聞いたことがある。ジュリアの母親は巫女姫だったのだから、精霊に愛された御方だったのだろう』
亡命してきたサリンジャーも優しげな容姿だし、精霊は面食いなのだろうかと、ベーカーヒル伯爵は首を傾げる。