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醜いアヒルの子は、白鳥になれるのか?  作者: 梨香
第一章  醜いアヒルの子
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19  精霊使いの修行

「わぁ! 王宮って、凄く大きいのね」


 馬車が王宮の門を通り抜けると、ジュリアは侍女として付き添っているルーシーに驚いて話しかける。


「ジュリア様は、ヘレナに来て、王宮も見物してなかったのね」


 まだお給料も貰って無いので、ヘレナの街に出たことも無かった。


「そんなに、窓から顔を出すものではない」


 同行しているセドリック様に注意されて、窓から顔を出していたジュリアとルーシーは慌てて馬車に座り直す。シュンとしたジュリアに、セドリックはしまった! と溜め息を圧し殺した。


『なるべくジュリアが精霊使いの魔力に恵まれていることは秘密にしたいから、窓から遠ざけたかっただけなのだが……』


 


 王宮の本殿の横を通りすぎ、奥へと馬車は進む。奥庭の綺麗な薔薇園を抜けると、王宮が建つ前からの木々を生かした風情のある庭になっている。


「わぁ! 風の精霊が木々を揺らしているわ!」


 思わず窓から身を乗り出すジュリアの細いウエストを、セドリックは、落ちるよ! と掴まえる。そう言いながらも、セドリックもシルフィード達の乱舞に目を奪われる。


「凄い! こんなにシルフィードがはっきり見えたのは初めてだ」


 ジュリアを座らせながら、セドリックは興奮を隠せない。ルーシーは一人だけ精霊が見えないので、二人が騒いでいるのを呆れていたが、若君が言うのだから本当にジュリアには精霊使いの能力があるのだろうと納得する。


 馬車は王宮の奥にポツンと建つ離れの前で止まった。


「ここがサリンジャー師が住んでおられる離れだよ。本殿から離れた場所で、人の目を気にせず、静かに暮らしておられるのだ」


 馬車から降りる時に、セドリック様にエスコートされて、ジュリアは手が触れただけで、どきどきする。ルーシーはこんなに人気の無い離れで、修行の間待っているのかと溜め息がでそうだったが、此処にも召し使いはいるだろうと考え直す。


「ジュリア! やっと来てくれましたね」


 茶色の長髪を後ろで括ったサリンジャー師が、玄関の前まで出迎えに来た。


「やぁ、セドリック! やっと、ジュリアを……わぁお! 凄いやぁ」


 ルーファス王子が驚きの声をあげたので、シルフィードはスッと逃げ去ってしまった。


「そんな大声をあげては、いけませんよ」


 サリンジャー師に注意されて、すみませんと素直に謝るルーファス王子を見て、ジュリアは少し緊張が解けてきた。


「こんな玄関先に女の子を立たせたままで、申し訳ありません」


 優雅な物腰で、離れの中に案内する。


「わぁ! 屋敷の中にも精霊達がいっぱいだぁ」


 今度は、少し声を抑えて、ルーファス王子は感嘆の声をあげる。


「ジュリアを歓迎して、いつも私の側にいる精霊達が出てきたのでしょう」


 ルーファス王子とセドリックは、サリンジャー師の言葉に驚いた。


「ええ! サリンジャー師の側には、いつも精霊がいるのですか?」


「呼び集めて下さったら、見えたのですが?」


 二人の弟子に微笑んで、サリンジャー師は後で説明しますと制した。


「ジュリア様の付き添いの侍女のルーシーです。修行の間、何処で待っていたらよろしいのでしょう」


 ジュリアはできたらルーシーに側にいて欲しいと思ったが、離れに仕えてる侍従に、台所の横の召し使い部屋に案内された。


 少し心細く感じたが、ジュリアはなけなしの勇気を振り絞る。


『ルーファス王子や若君と一緒に、精霊使いの修行をするのね!』

 

 まだ、ジュリアには精霊使いの意味もよく理解できてなかったが、こうなったら早く修得したいと思う。


「サリンジャー師、宜しくお願い致します」


 セドリックは、やっとジュリアと修行ができると喜んだ。


「先ずは、そこに座って下さい。先ほど、ルーファス王子やセドリックが質問していた件に答えます。ジュリアも、精霊使いの基本だから、よく聞いておくように」


 そう言うサリンジャー師の側に、春の光りが差し込み精霊達が乱舞する。


「凄く精霊が集まっていますね!」


 ルーファス王子が小声ながら興奮を表す。


「精霊達がこのように集まるのは、精霊使いが集まっているからなのですよ。本来、精霊は何処にでもいるのです」


 一度、話を切って、ジュリアに精霊使いの基礎を説明する。


「精霊はあらゆる種類のものがいます。私達は、火、水、風、土、光、闇の六大要素に分けて考えています。

 ルーファス王子、おさらいです、ジュリアに六大精霊の名前を教えてあげなさい」


 ルーファス王子はそのくらい簡単だと、ジュリアに指を折ながら教える。


「火の精霊サラマンドラー、水の精霊ウンディーヌ、風の精霊シルフィード、土の精霊ノーム、光の精霊リュミエール、闇の精霊ノワール」


 よくできましたと褒められて、子供ではあるまいにと愚痴ったが、顔は嬉しそうだ。ジュリアは、ルーファス王子は面白いと、シルビアお嬢様が言っていたのを思い出す。


『気取らない、良い人なのだわ』


「ありがとうございます」


 教えて貰ったお礼を言うジュリアが、前にベーカヒル伯爵家で見た不器量なメイドとは違い、そこそこ可愛い女の子に思えた。


「いやぁ、これくらいは簡単だから……あっ、そうだ! サリンジャー師、いつも側に精霊が居ると言われた件だったのだ。私はサリンジャー師が精霊を呼び集めたから、姿が見えたのだと思っていたのだが、違うのか?」


 サリンジャー師はジュリアに基礎の初歩知識を与えたので、元の説明に話を戻した。


「間違いではありませんが、少し違うのです。精霊は何処にでもいますが、そこに存在しても、誰にも見えず、話しかけても貰えないと、段々と存在を消してしまうのです。

 精霊使いは精霊達は見ることができますし、話しかけることもできます。精霊達は精霊使いに、自分を見て! 自分に話しかけて! と、常に側にいるのです」


 この一月、サリンジャー師に呼び寄せて貰わないと、精霊の姿も見えなかったのに、ジュリアがいると、ハッキリと見えるのは、二人の精霊使いがいるからだと頷く。


「ほら、此処にいる小さな光の精霊達を、リュミエールと名付けて呼ぶと」


 光りに乱舞していた小さな精霊がサリンジャー師の言葉で、光の精霊リュミエールになった。


「なんて、綺麗なんでしょう!」ジュリアの称賛の声で、半透明な光の精霊リュミエールが、より煌めきを増して、実体化していく。


 サリンジャー師は何の修行もしないで、精霊を実体化させたジュリアの魔力に驚きを隠せない。


「やはり、貴女は巫女姫エミリア様の血を引いている。

 このように、精霊達はジュリアの気を惹きたくて仕方が無いのだ」


 実体化した光の精霊はジュリアの周りを優雅に舞う。


「さぁ、ジュリア! 光の精霊に虹を作って貰いなさい」


 ルーファス王子やセドリックは、自分達の精霊を見るという段階をすっとばした修行に驚いた。


「えっ? ええっと、リュミエール、虹を作って下さい」


 光の精霊リュミエールは煌めく腕を差し伸ばし、七色に輝く虹を作って消えた。


「ジュリア! 凄いじゃないか!」


 椅子から立ち上がって褒めるルーファスを、サリンジャー師は微笑んで眺める。


「ジュリア、リュミエールにお礼を言わないといけませんよ」


 煌めく虹にうっとり見とれていたジュリアは、慌ててリュミエールに礼を言った。


「風の精霊シルフィード、水の精霊ウンディーヌ、火の精霊サラマンドラー、土の精霊ノーム、そして光の精霊リュミエールと闇の精霊ノワール。小さな精霊達を集めて、実体化させ、頼みを聞いて貰うのが、精霊使いの仕事です」


 その理論はルーファス王子とセドリックは何度も聞いていたが、ジュリアが実体化したリュミエールに虹を作って貰ったことに心の底から驚いた。


「ジュリアは精霊は見えるし、意思も通じますね。しかし、その意思が通じるのが仇になり、怒りや悲しみといった負の感情も精霊に伝えてしまいました。精霊使いになるには、自分の感情をコントロールすることが大切なのですよ」


 優しいサリンジャー師の茶色の瞳を見つめて、ジュリアは自分もこのように穏やかな瞳になりたいと願った。


「感情をコントロールする……どうすれば良いのかしら?」


 緑色の瞳を伏せて思案するジュリアを、ルーファス王子は笑った。


「そんなに急いでも、1日で精霊使いにはなれないよ。それに、私達はやっと見れる段階なんだからね」


 サリンジャー師は、そうですねと笑った。ジュリアは精霊使いの修行を頑張ろうと決心した。


「早く精霊使いになって、借金を返さなきゃ!」


 セドリックは「そんなの返さなくて良い!」と、真っ赤になるし、ルーファス王子とサリンジャー師は「借金?」と、怪訝な顔をする。ジュリアは王宮に行く為の新しいドレスは、伯爵夫人のお古を縫い直した物では無いと気づいていた。


「だって、このドレスも……」


 レディの口を手で塞ぐという無礼を働いたセドリックに、ルーファス王子は爆笑する。


「お前がこんなに焦るのを見たことがないな!」


 サリンジャー師は何となく事情を察して、心を痛めた。


『本来なら、ゲチスバーモンド伯爵の孫娘として、大事に育てられる筈のジュリアなのに……早く、伯爵に伝えなくては!』


 若い弟子達の騒ぎに、風の精霊がくるくると舞い上がるのを、少し感傷的に眺めるサリンジャーだった。


『昔のイオニア王国みたいだ……精霊使いを目指す若者に、惹かれて精霊が集まって来たものだ』


 まだ、世間的には若いサリンジャー師だが、修行していた頃が遠い昔に思えて溜め息をついた。

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