プロローグ
ルキアス王国の北部にあるゲチスバーグ村に、未だ若いシルフィードが産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて現れた。空気に溶け込むような薄い存在にすぎないが、大切な使命を受けている。
『シルフィード、お願いだ! 運んでおくれ、マリエールをゲチスバーぐっ』
隣国のイオニア王国の精霊使いに頼まれて、赤ちゃんをゲチスバーグに連れて来たものの、引き取り手の精霊使いはいない。
『困ったわ……赤ちゃんをどうしたらいいのかしら?』
隣国まで運んでヘトヘトに疲れたシルフィードは、少しでも霊的な存在を感じる村の教会に泣き叫ぶ赤ちゃんをソッと置いた。
こちらを見上げる赤ちゃんの緑色の目には惹かれるが、精霊使いにはゲチスバーグに運んでくれと頼まれたのだ。
『ここに運ぶように言われたのよ。そんな目で見られても困るわ』
あれほど優れた精霊使いが間違いを犯すとはシルフィードには思えない。
きょろきょろと見回していると、農家の夫婦が赤ん坊の泣き声に気づいて、こちらへ向かってくる。やはり、精霊使いは赤ちゃんのお世話係を用意していたのだとシルフィードは安心する。
『これで任務は完了だわ! マリエール、元気でね!』
そっとシルフィードは額にキスをして、精霊の恵み深いイオニア王国へと戻る。絹のおくるみに包まれた赤ちゃんの胸にはイオニア王国の精霊使いの証であるプラチナのネックレスが輝いていた。