第87話 安堵
「全く・・・荒木君はどこに行っちゃったんだろうなあ・・・」
誰もいない廊下であぐらをかいて座りながら石田由香里は一人呟いた。
由香里は動くなという燃の言いつけをきちんと守っているのだ。
「ん・・・?」
不意に由香里が廊下の奥のほうを覗き込む。
真っ暗で何も見えない。
「今、誰かが見ていたような・・・」
心配そうな目でじっと暗闇をにらむ。
いくら気が強いと言ってもやはり怖いのだろうか。
「ふぅ・・・」
安心した顔で小さくため息をついて壁にもたれかかった。
「っ・・・!!」
安堵の表情が一瞬にしてこわばる。
目の前には白い着物を着て髪を引きずって歩いてしまうほどまで伸ばした女の人。
先ほどの燃たちの前に現れた妖だ。
由香里があわてて立ち上がる。
「・・・・・・あ・・・あの・・・どちら様ですか・・・?」
声を震わせながらも由香里はその妖に声をかけた。
「・・・・・・」
妖は何もいわずに由香里に接近してくる。
突然その妖の髪が生き物のように動き出し、その先端が由香里に向けられる。
由香里の周囲全体からの攻撃だ。
「あ・・・・・・」
恐怖のあまり由香里はその場で尻餅をついた。
髪が一気に由香里に襲い掛かる。
由香里は目を閉じ、死を覚悟した。
「・・・・・・」
しかしいつまで経っても痛みがこない。
しばらくすると手に何か生ぬるいものが垂れてきた。
恐る恐る目を開けてみる。
髪はすべて由香里に当たる直前で止められていた。
「へえ・・・お前でも・・・怯える時ってあるんだな・・・」
血のついた口で意地悪そうに笑いながら燃が言った。
「荒木・・・君・・・?」
不意に由香里は燃の顔から体へと目を移した。
その瞬間、由香里はまるで死んだかのように気を失った。
燃の両手両足、腹は髪の束に貫かれており、そのほかにも肩やら腰やらにも髪が数本刺さっていた。
確かに一般人には刺激が強すぎる。
おそらく前方をエネルギーのシールドで守り後方からの攻撃を自分の体を盾にして防いだのであろう。
「げほっ、ごほっ、げほっ、」
激しい咳とともに多量の血を吐き出しながらも、燃は立ち上がり、妖の方に向き直った。
再び妖に髪が動き出す。
「ごほっ、げほっ、ごほっ・・・くそっ!!」
あまりの苦しさに燃が方膝をつく。
その隙を見逃すはずが無く、妖の髪は一斉に燃の襲い掛かった。
「くっ・・・!!」
エネルギー吹き飛ばそうとするが間に合わない。
髪が燃の体を貫く直前に髪は突然勢いを失い、パサパサと床に落ちた。
それのしばらく後に妖が倒れる。
妖が倒れると後ろから光太郎が現れた。
「ふぅ・・・間に合ったみたいだな。」
安堵の息を漏らしながら光太郎はそう言った。
「光太郎・・・さん・・・?」
そう言うと燃は仰向けに倒れた。