第78話 心配
あたりの空が白んできた頃、燃は一人で小屋から少し離れたところに立っていた。
隣の切り株にはこの間取り出していたメモ帳が開いておいてある。
「・・・・・・」
燃は無言のまま両手を合わせ、目を閉じて集中するようにして何かを念じている。
「・・・ぐっ・・・!!」
だが、燃は痛みをこらえるような声をあげて、突然拒絶するようにしてその手を離した。
反射的に燃は服の袖に覆われている自分の腕を見た。
そのまましばらく自分の手をじっと見ていたが、燃は諦めたようにため息をつくと、再び両手を合わして目を閉じた。
「よう・・・こんな朝早くから何やってんだ?」
突然後ろからそんな声が聞こえ、燃は慌てて集中を解いて隣にあるメモ帳を自分の懐へしまった。
「こ・・・光太郎さん・・・!?・・・どうしたんですか?こんなに朝早く。」
思わず声が裏返ってしまったが、途中で落ち着きを取り戻し、燃は平静を装って笑顔でそう言った。
光太郎は無言で燃に歩み寄る。
「訊いてんのはこっちだ。何してんだ?こんなに朝早く。」
光太郎がさらに歩み寄る。
あまり穏やかな表情ではない。
「し・・・修行ですけど・・・」
思わず燃が目を逸らす。
その瞬間、光太郎が燃の腕を掴み、袖を捲くった。
「修行・・・ねえ・・・」
その腕を見て光太郎は顔をしかめながらそう言った。
燃の腕にはいくつもの裂けた様な傷があり、それらは全て微妙に黒がかっていた。
慌てて袖を下ろすと、燃は一歩下がり、光太郎を睨んだ。
「修行でこんなになるもんなのか?」
自分の手についた燃の血を燃に見せながら、光太郎が言った。
「・・・・・・」
燃は無言のまま光太郎を見ている。
「さっきのメモ帳を見せてみろ。」
光太郎はそう言いながら手を差し伸べる。
「嫌です・・・」
警戒しているように燃が言った。
「何故だ?」
「人が見てあまり快く思うものではないからです。」
「俺の体には妖の細胞が入っているから、もう人じゃない。だから大丈夫だ。見せてみろ。」
適当な屁理屈を並べて光太郎はさらに手を伸ばす。
ただ見たいだけのようだ。
「いくら貴方が頼み込んでも無理なものは無理です。俺がこれを全て読み終えたらすぐに燃やします。」
燃の顔は真剣そのものだ。
「じゃあ、表紙だけなら良いだろう?」
光太郎はそう言って燃に近づく。
「表紙ですか?」
「ああ。」
しばらくの間、燃は光太郎の表情を見ながら考えた。
「・・・・・・分かりました。表紙だけなら・・・」
そう言って燃は懐からそのメモ帳を取り出した。
そこには汚い字で『小泉あんな作 エネルギーの使い手の掟』と書いてあった。
それがそのメモ帳の題名のようだ。
「何だこれ?何で今さら掟なんか見てんだ?」
光太郎は顔を近づけながら言った。
「良く見てください。」
そう言って燃はメモ帳の端のほうを示した。
「ん・・・?」
良く見てみると端のほうに小さく『の破り方』と書いてある。
全部通して『小泉あんな作 エネルギーの使い手の掟 の破り方』と書いてある。
「・・・・・・なるほどな・・・」
呆れた顔で光太郎が言った。
「で?お前はその掟を破ってどうしようとしているんだ?」
光太郎が燃に向き直る。
「それは教えられません。もう見せたので良いでしょう。」
燃は自分の懐にそのメモ帳をしまった。
「とりあえず今日も特訓です。こんなことは忘れて特訓に励みましょう。」
誤魔化すようにして燃はそう言って小屋の中に入った。
光太郎が一人外に残され、自分の手を見ていた。
「馬鹿やろうが・・・」
燃の血が付いている自分の手を握り締めながら言った。