第60話 正体
ー昼休みー
特に断る理由もないので、燃は一人で屋上に向かった。
屋上へ出る扉を開くと、そこには先程話し掛けてきた石田由香里がいた。
風景を見ているのか、燃に背を向けている。
「やあ、約束通り来たよ。で、話ってなんだい?」
周りを見ながら燃が訊いた。
「さっきの・・・・・・さっきの話はあんまり気にしなくても良いと思うよ?」
由香里がいきなりそんなことを言い出した。
「へ?・・・あの、どうしたの?いきなり。」
何のことを言われているのか見当がつかないようだ。
しばらくの沈黙・・・
「この前、夜に学校に用事があってね・・・」
由香里が躊躇いがちに喋りだした。
「う・・・うん。」
正直、燃は今ものすごく焦っている。
夜の学校といえば妖関係にでくわす恐れがあるからだ。
そして最悪の場合、自分の正体が分かってしまう恐れがある。
「行ってみたら、丁度君の顔が手品みたいに荒木燃に変わったところでね・・・見るつもりはなかったんだけど・・・」
そう言って由香里は頭を掻く。
事態は最悪の方向に進んだようだ。
「な・・・何かの見間違いじゃないのか?」
頷いてくれ・・・そう願いながら燃はそう言った。
「残念だけど、あんなにはっきり見えちゃうとその質問には頷けないな・・・」
燃がしばらく考え事をするように黙る。
「・・・・・・恐くないのか?」
30秒ほど経ってから燃が口を開いた。
どうやら隠すことは諦めたようだ。
「恐い?何で?」
由香里が不思議そうに訊く。
「何でって・・・俺は犯罪者ってことになってるんだぞ?普通は恐いだろ?」
呆れたようにそう言って燃は腰に手を当てた。
「あれ?いきなり言葉づかいが砕けたね。」
「ああ、もう隠す必要はないみたいだからな。で、俺の質問に答えろよ。」
「そうだねえ・・・もし本当に犯罪者だったら面白いね。」
由香里がにっこりと笑う。
しばらく燃が唖然とした顔で由香里の顔を見ていた。
「はは・・・さすがはSBクラスのクラスメイト変だな。」
「でしょ?」
「でも、『もし』ってことは俺が犯罪者じゃないとでも?」
燃は由香里の言葉に引っかかりがあったので一応訊いてみる。
「うん。だってほとんど知りもしない女の子が不良に絡まれてる時に助けてくれる人が犯罪者な分けないじゃん。」
「・・・・・・って、お前あの時の強気な女の子か!?」
燃は一度、健一に試されているときに不良によって巻き込まれた女の子を助けた事があるのだ。
その女の子が石田由香里、目の前にいる女の子だったのだ。
「その通り。強気は余計だけど。」
頷いてから由香里はそう言った。
「なるほど・・・それでばれたか・・・」
燃はそう言って顎に手を当てた。
「で、最初の方に話を戻すと、何で君が犯罪者になっちゃってるのかは分かんないけど、とりあえず気にしなくても良いと思うよ?」
「何を?」
燃は訳がわからないようだ。
「何をって・・・皆が荒木君の悪口言ってたじゃん。あれだよあれ。」
由香里が思い出しながら言う。
「ああ。そのことか・・・別に大丈夫だよ。作戦のうちの一つだから。」
「作戦?何か戦いでもあるの?」
由香里が訊く。
「え?あ、いや・・・何でもない。それよりも、もうそろそろ授業が始まる。急ごう。」
そう言って燃はいそいそとドアを開け、階段を下りていった。
「あ、ちょっと・・・全く・・・いつもは授業に出てないくせに。」
そう言って由香里も階段を下りた。