第121話 恐れ
『健一、お前に新たな使命を与えたい・・・』
辺りが白い灰の山でおおわれている中、真剣な面持ちで燃が健一に語りかける。
『使命?』
『・・・・・・ああ』
健一が訊き返すと燃は暗い表情で答えた。
『こっちの世界のことだ』
燃は自分たちが住んでいた世界を示しながら呟く。
場の雰囲気を読んだのか健一も真剣な表情で聞く態勢に入る。
『まず一つ目は、お前にこれからこの世界を守ってもらう。一瞬じゃ無い。ずっと、永遠にだ』
『・・・ちょっと待て。それはお前の役割だろ?俺はこの世界を逆に滅ぼそうとしたんだぜ。そんな俺がこの世界を・・・?』
『理屈はどうでもいい。出来るか出来ないかだ。出来ないんだったら無理にとは言わない。ただ、それがお前にとっての償いだと思え』
『・・・・・・分かった』
健一はその使命を承諾し、燃を見る。
『で?一つ目ってことは二つ目もあるんだろ?』
ふざけた口調で訊いているが、表情は真剣なものだ。
『ああ。まずあれを破壊するに当たって結界を張ってその中で俺があれを壊さなければならない。それをするに当たってお前はリンを取り押さえてくれ』
『何でだ?』
『あいつ俺が危険なことしようとすると、すぐに止めに入るからな』
『はは、心配されてるんだな。まるで母親しゃないか』
二人とも冗談を言いつつも話を進める。
『・・・・・・分かった。それも引き受けよう』
しばらく考えた後、健一は頷いてそれを承諾した。
しかし燃はそれには答えずに突然立ち上がり、健一に背を向ける。
健一は一瞬怪訝な表情をしたが、すぐに空気を読んだのか耳を傾ける。
『最後の使命・・・・・・いや、お前に最後の頼みがある。』
『最後の・・・・・・頼み・・・?』
『ああ』
背を向けているので顔は分からないが、相当深刻な表情をしているのだろう。
『お前に・・・リンを頼みたい』
しばらくして燃が発した言葉は独り言のように小さい。
『リンを・・・・・・?』
『ああ、あいつ結構寂しがり屋だからさ。あいつのそ側にいてやってくれないか?』
『・・・・・・お前はどうするんだ?』
『俺はあれを破壊しないといけないからな』
燃は空にある空間の裂け目を指で示しながら健一の問に答えた。
『死ぬのか?』
真剣な表情で健一が燃の背中を見ながら訊く。
『まあ、ほぼ間違いないな』
『・・・・・・そうか』
『人間、いざ死が決まるとなると恐いもんだな。手の震えがさっきから止まらない・・・』
『・・・・・・』
震える燃の背中を見ながら健一はゆっくりと立ち上がった。
『わかった、リンのことは任せておけ!!俺がずっとあいつを支えてやる!!』
『そうか・・・・・・』
健一はこの空気を振り払おうとしたのか声を張り上げたが、燃はやはり背を向けたままだ。
その燃を見て健一は静かに燃の近くまで歩み寄るとその肩を思い切り手のひらで叩いた。
燃が不意を撃たれたせいか、前につんのめる。
『どわっ・・・・・・ッ!!げほっ、ごほっ、げほっ!!・・・・・・何すんだよ!!』
『いつまでも辛気臭い面してんじゃねえよ!!俺がお前に与えられた使命をきちんとこなそうとしてんだ!!だったらその与えたお前も自分の使命を果たせ!!』
『・・・・・・!!』
ハッとした表情で燃が顔をあげる。
『安心しろ。リンは俺が支える。だからお前は堂々と世界を救って来い』
『・・・・・・フッ。まさか敵に元気付けられるとはな・・・・・・』
そう言って燃はゆっくりと立ち上がり、健一の目を真っ直ぐに見た。
『サンキュ、健一。やっぱりお前はいい仲間だ』
『敵に礼なんか言うな。それよりも時間がないんだろ?さっさと行こうぜ』
『ああ』
健一は燃との戦いの後の会話を思い出しながら、結界に覆われた町を眺める。
結界のせいか、または空間の裂け目のせいか、町は全体的に薄暗くなっている。
燃はもうこの結界から生きて出てくることはないだろう。
それは前の会話で確実だ。
そしてそれを知るものは結界の外に居るものの中で健一以外誰も居ない。
「ふう・・・・・・」
大きくため息をつくと健一はここは危ないからと言って結界から離れていくみんなの後を追った。
「・・・・・・?」
目の前で俯いたまま固まっているリンを見て健一が疑問に思う。
先程、燃が行った後から全く動いていない。
「どうした?」
とりあえず声を掛けてみる。
微妙に肩が震えている。
「燃は・・・・・・使命を果たしに行ったんだよね・・・?」
ポツリポツリと呟くようにして健一に訊く。
「あ・・・・・・ああ、まあそうだろうな」
「そのために・・・・・・命までかけて・・・・・・」
「・・・・・・!!お前、まさか・・・・・・!!」
リンの言っている意味が分かったのか、健一の表情が引きつる。
「うん、気付いてるよ・・・・・・私、燃の相棒だもん・・・・・・」
今にもないそうな声で呟きながらゆっくりと顔をあげる。
その目には涙が浮かび、それをこぼさないように堪えているようにも見られた。
「リン・・・・・・」
健一はゆっくりとリンに歩み寄っていく。
「う・・・・・・うああああああああ!!」
耐え切れなくなったのか、リンは健一の胸に抱きついて顔をうずめた。
「うう・・・ひっく・・・」
嗚咽を漏らしながらリンは鳴き続ける。
健一はその状態のリンを優しく、だがしっかりと抱きしめた。
自分の決意を固めるように・・・・・・