第120話 使命
「あれ、燃は!?」
クラスメートたちに囲まれてしばらくしてから、リンが突然気づいたように声を上げる。
「燃って荒木のことだろ?そういえばさっきから見ないけど・・・」
クラスメートの一人がリンの質問に答える。
この人の輪の中にいないことが分かると、リンは慌ててそこから抜け出した。
そして辺りを見回すと少し離れてたところに手を上に掲げた燃に姿を発見する。
「燃!!」
リンが急いで近寄ろうとするが、途中で健一に止められる。
「健一!?」
思わずリンが驚きの声を上げる。
リンが健一に止められてる間に燃が天に向かって衝撃波を放った。
その瞬間、燃とリンを阻むようにして突如透明な壁が出来上がる。
そしてその壁は球体状に学校に位置から半径二キロメートル以内を包み込み、その覆われたすべてを外界から隔離した。
「放して!!」
リンは健一を振り切って透明な壁の手前まで走る。
「燃、どういうこと!?これは・・・」
「ああ、俊平さんの装置を勝手に使わせてもらっただけだ」
「そういうことじゃなくて、どうして結界を張っているのかって訊いてるの!!」
燃が誤魔化そうとするため、リンは口調を強めた。
「それは・・・あれを壊しに行くために決まっているじゃないか」
そう言いながら燃が空にある空間の裂け目を指で示す。
裂け目からは妖たちが今にも飛び出してこようと必死になって顔をのぞかせている。
「壊しに行くって・・・・・・何か方法があるのか?」
良平が乗り出してくる。
「ああ。あれはもともと巨大なエネルギーによって開けられた裂け目だ。だから今度はさらに巨大な力であれを破壊する」
真剣な表情で燃が説明する。
「もちろん、リスクは伴う。それだけの膨大な力を使うのだから死ぬ可能性もある」
「え!?死ぬって・・・?」
美穂が慌てて話題に乗り込んでくる。
死という言葉を聞いて、事の重大さを今理解したようだ。
周りのクラスメートたちもざわめき出す。
「さっきの技でか?」
光太郎は燃の体のあちこちにできた傷を示しながら言った。
「はい。あの技は気とエネルギーを合わせるものですが、あまりの膨大なエネルギーに体がついていけません」
「だからその体が持つかっていう問題なわけか・・・・・・」
「そうですね・・・まあ、大丈夫でしょう。まだ俺にはやるべきことがありますし、それにこの世界で生きていく楽しみも見つけてしまったみたいですから・・・・・・」
クラスの皆を見回して燃が自然に笑みを浮かべる。
「当たり前だ、せっかくできた新しい仲間だ。絶対に死ぬんじゃねえぞ」
クラスを代表して担任が一歩歩み出てそう告げた。
それに燃は頷くことで応え、リンに向き直る。
「そういうことだ。毎度のことで悪いが、行ってくる」
燃がそう言ったのに対し、リンは俯いたままだ。
「なんで・・・何でそうやって勝手に決めちゃうの・・・?」
やがて、肩を震わせながらリンが呟くように喋り出す。
たった1年間でも知り合いは燃しかいなかった。
つまりリンにとって頼れる人間は燃しかいなかったのだ。
それは燃にとっても同じこと。
燃は笑顔ではいるがその中にどこか悲しげな表情がある。
「いつも・・・いつも自分一人で決めちゃって・・・・・・気がついたら体の傷が増えている・・・それでいて心配している人がいるとは思わないの?」
ようやく上げたその顔は涙こそは流していないものの、とても悲しげな表情だ。
「すまない・・・本当にすまないと思っている」
そう言いながら燃は結界内のギリギリのところまで歩み寄る。
「だけど、これが最後だ。これが終わったらもう無理はしない。これで空間の乱れを完璧に閉ざす。そうすれば終わるんだ。全てが・・・・・・」
リンが少しだけ反応を見せ、再び俯く。
「これだけはどうしても譲れないんだ・・・これだけは。だって・・・・・・これが俺の・・・」
「『使命』だから、でしょ?」
燃が一瞬驚きの表情を見せる。
そして目の前には笑顔のリン。
先ほどまでの悲しみの表情の影すら無かった。
「思い出したよ。私、燃の相棒だったね」
リンが立ちあがりながらそう言うが燃は呆気にとられている。
「そういうことで私は相棒を信じて待つことにしたよ」
そう言いながらリンは燃に背を向けクラスメートたちのほうに歩きだした。
「・・・・・・ああ、ありがとな」
しばらくして燃はリンの意図を察したのか、笑顔で、できるだけ明るい声で背を向けたリンに礼を言った。
「じゃあ、ちょっと頑張ってくる!」
燃はそのままリンと顔を合わせること無く、皆に背を向けて結界の中心部へと歩き出した。