第116話 本気
健一が地面を蹴って一気に燃との距離を詰める。
そしてそこから剣と化した右腕を燃目掛けて上段から振り下ろす。
燃相手に後手に回ることは不利となると感じたのだろう。
その攻撃を燃は持っていた漆黒の剣で防ぐ。
そこで健一は左手を獣の腕に変形させて袈裟から燃目掛けて振るった。
健一の左手は燃の肩をあっけなく引き裂く。
しかし燃はそんなことは気にしない様子でその健一の左手を掴むとそこから漆黒のオーラを集中させた蹴りを健一目掛けて放った。
「がはっ!!」
それは健一の腹に見事に命中し、健一はその衝撃で吹き飛ばされた。
燃に手を緩める気配は無く、そのすぐ後に地面を蹴って再び健一の方に向かっていった。
「燃!!健一君!!」
思わず洋子が立ち上がる。
駆け寄ろうとするが、それを後ろにいたリンに止められる。
「・・・っ!!放してリンさん!!」
あせりの表情で洋子が振り返りながらリンに言った。
「駄目・・・・・・あっちに行ったら巻き添えになっちゃうよ?」
「何で!!・・・・・・なんで皆そんなに冷静でいられるの?」
今にも泣きそうな表情で洋子がリンに訊く。
「あのね、皆助けに行きたいのは山々なの。だけどそこで助けに入ったら二人だけの正々堂々の戦いに釘を刺すことになる。そんなことはあの二人は望んでいない。」
そう言ってリンは俯いた。
そして拳を強く握り締めている。
二人が戦っている姿を見ていると相当辛いのだろう。
しかしそれをあえて我慢しているのだ。
「ごめんなさい・・・・・・皆、辛いのは一緒だよね」
そう言って洋子は再び腰を下ろした。
「くっ・・・!!」
瓦礫の中から健一が顔を出した。
「まさかあんなに強いとはな・・・」
そう言ってゆっくりと立ち上がる。
あたりを見渡す。
どうやらここは崩れてはいるが、体育館のようだ。
自分が崩した体育館。
しかし少しも罪悪感は沸かない。
それよりも自分が自分に与えた使命の方が大きいのだ。
「皮肉なもんだな・・・・・・」
今戦っている敵に前まで押しつぶされそうなほど積まれていた罪悪感を消してもらった。
もちろん戦いたくないという気持ちはある。
しかし自分には妖の世界の住人全ての命がかかっているのだ。
やはりそんな敵でも殺しに行かなければならない。
「!!」
突然殺気を感じ健一の顔が引き締まる。
そして立ち上がり次来る攻撃に備えた。
そして次の瞬間、目の前の壁が崩壊した。
黒い、衝撃波によって。
「・・・・・・ッ!!そう来たか!!」
健一にあせりの表情が浮かぶ。
燃がそのまま攻撃しに来ると勘違いしていたのだろう。
そして崩れた体育館は黒い衝撃波によって吹き飛ばされた。
「ぐっ・・・!!」
吹き飛ばされた健一は足でブレーキをかけ、何とか体育館からかなり離れた場所に止まる。
と言っても洋子たちのいる場所の近くだ。
どうやら校舎を一周してきたらしい。
あたりを見渡すと校舎はもうすでに校舎とは呼べないものになっていた。
相当暴れまわったので仕方ないと言えば仕方ないだろう。
「!」
体育館の瓦礫の中から人影が出てきた。
燃だ。
「げほっ!!げほっ!!ごほっ・・・」
燃は苦しそうに咳をしながら出てくるが、途中で力尽きたように肩膝をつく。
「ぐっ・・・・・・!!」
口に当てた手の隙間から血が滴り落ちる。
「相当苦しいみたいだな」
「ああ。おかげ様でな」
「口、拭いとけ」
健一に指摘され、燃が口を拭く。
「口が血だらけの奴と戦うのは気が引けるからな」
「確かに」
「だけど、お前どうするんだ?早く終わらせるんじゃなかったのか?ずいぶんと長引いているぞ、この戦い」
健一は構えを解かずに、しかし軽い口調で言った。
「いや、もう終わらせる。今度こそ。」
そういって燃は健一に向けて手をかざした。
「!!」
健一が防御体勢に入る。
しかしいつまで経っても何も起こらず、健一が一瞬だけ構えを解く。
その瞬間、健一の真下から巨大な漆黒のドラゴンが地面を割って現れた。
「なっ!?」
そのドラゴンの口に入る寸前、健一はそのドラゴンの上顎と下顎を手と足で押さえ、それを止める。
「エネルギーはどんなものでも形成できる。たとえそれが生き物であったとしてもな」
燃は再び漆黒のオーラを纏い、健一とドラゴンを見上げる。
しかし突然、ドラゴンの頭から胴体にかけて縦に一直線に引き裂かれる。
「こんなもんじゃ俺は死なねえ!!」
健一の右腕は先ほどのものとは比べ物にならない大きさの剣に変化しており、それでドラゴンを引き裂いたのだ。
「そんなことは百も承知。あれはただの時間稼ぎだ」
健一の後ろからそんな声が聞こえ、健一が背中に翼を生やし防御体勢を取る。
そして後ろにいたのは漆黒のオーラを纏わせた右手を振り上げている燃。
「はあ!!」
燃は気合の声と共に防御している健一に向かって掌底を放った。
それを健一は翼で自分の体を包み込んで防御するが、その攻撃はそんなことはお構いなしに健一の体を吹き飛ばした。
健一の体が地面に激突した瞬間、地盤が崩れ地面は大きく陥没した。
砂煙が舞う地上を見下ろしながら、燃は空中に止まり、そこで漆黒の剣を作り出した。
「く・・・・・・やってくれるじゃねえか」
健一の体は先ほどの攻撃の衝撃でぼろぼろになっていた。
「ったく・・・・・・修復すんの結構疲れんだよな」
そう言って起き上がろうとする健一の目にあるものがとまる。
燃だ。
しかも手には漆黒の剣が握られ、さらには燃の横に四本の同じ剣が浮いている。
「・・・・・・マジかよ」
健一は一瞬だけあせりの表情を見せ、すぐに自分の体の修復に取り掛かる。
手足を修復し、ついでに右手を大きな分厚い盾に変形させる。
燃が空を蹴って健一に突進していった。
「はああああああああ!!」
「うおおおおおおおお!!」
二人の掛け声が混じりあい、健一の防御と燃の攻撃がぶつかり合った。
その衝撃は一気にあたりの瓦礫を吹き飛ばし、二人の周りの地盤をめくれ上げた。