第105話 クローン
「く・・・あ・・・っ!!」
洋子は激痛により苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げた。
下を見ると燃の鉤爪は自分の下腹部・・・つまりへその少し下に突き刺さっている。
しばらくするとそれは洋子の体から引き抜かれた。
その途端、洋子は体に力が入らなくなり、その場で仰向けに倒れる。
「ね・・・ん・・・早く・・・とどめを・・・刺さないと・・・また・・・暴走・・・しちゃう・・・よ・・・?」
片目だけ開けて燃を見ながら、洋子が燃に苦しそうに話しかける。
しかし燃は洋子が傷を負った部分に手を当てると、辺りの気を収束して洋子の傷を治し始めた。
「ね・・・ん・・・?何で・・・?私・・・また・・・襲い・・・かかっちゃう・・・よ・・・?」
洋子は痛みにこらえながらも必死で燃に問いかける。
だが、燃は手を止める様子も無く、そのまま直し続けている。
「それについては心配ない。」
やがて、燃が口を開いた。
「え・・・?」
洋子が驚いた表情をする。
だいぶ傷が治ってきたのか、洋子の表情は少し楽になったようだ。
「もう、お前を操っている本体は取り除いたからな。」
そう言って燃は空いているほうの手で地面に落ちていた妙な物体を掴むと洋子に見せる。
それは真っ黒で人差し指と親指をつなげてできる輪くらいの大きさをしていた。
「何・・・これ?」
洋子はそれを見て燃に訊く。
「おそらく、妖の結晶・・・か何かだろうな。お前はこれに操られてたんだろう。」
もう傷が治ったのか燃は洋子の体から手を離す。
痛みが引いたのか洋子は上体を起こすとそれをまじまじと見た。
「で・・・でも、よくそれが私の体の中のどこにあるかなんて分かったね。」
「ああ、それは丹田だ。」
洋子が訊くと燃はあっさりとそう答えた。
「丹田?」
洋子は燃が何を言っているのか分からないらしく、思わず聞き返した。
それに答えるまでに燃はチラリと光太郎の方に目をやる。
どうやら負傷はしたものの死には至らなかったようだ。
「ああ。丹田ってのは・・・まあ、いわゆる気の収束場所だ。」
説明が色々と面倒くさかったのだろう。
燃は少し考えた後に簡単な結論を出した。
「燃・・・なんか今すごく省略しなかった・・・?」
呆れた表情で洋子が燃に尋ねる。
「まあ、気にするな。とりあえず、洋子の体の中だと、そこが一番操りやすい場所だからな。」
燃は適当にその問いをあしらって説明を続ける。
「何で?」
洋子が燃に訊き返す。
『洋子の体の中では』ということは洋子限定ということなのだろう。
「気っていうのはもともと一度収束してそれから自分の体全域にそれを送って力にして戦うものなんだ。だからその収束場所の丹田に置いた方がコントロールしやすいんだ。」
「それは分かったけど、『何で私の体だと』なの?なんか私だけはみたいな感じじゃない?」
先ほどの言葉が洋子の気にかかっているようだ。
「ああ、それはだな・・・別にお前だけって訳じゃないんだ。気を使える人間とそうじゃない人間とで違うんだ。一般の人間は司令塔である脳にこれを仕込むんだろうが、気が使える人間はそのコントロールを気で抑えることができるからな。洋子はかなり少量だが気を使ったことがあっただろ?だから健一は丹田にこれを埋め込んだんだろうな。」
「・・・なるほど。」
洋子は納得したような表情になり、頷いた。
「それよりお前、体の方は大丈夫なのか?あれだけ人間離れした動きをしているとどこか体に影響が出てもおかしくない。」
真剣な表情の燃は確かめるようにして洋子の体を見た。
「あ・・・そのことなんだけどね・・・・」
洋子は突然何かに気づいたように燃に話しかける。
「?」
一度動きを止め、燃は洋子の方に向き直った。
何か言うのをためらっているのだろうか。
なかなか口を開かない。
少しの時間を置いて洋子は覚悟を決めたのか真剣な顔で燃と向き合った。
「実は私・・・・・・クローンなんだ・・・本物の私は一年前のあの事件で死んでる・・・」
しばらくの沈黙。
「・・・・・・そうか。」
少し経った後、燃がようやく口を開いた。
燃の口調は特に取り乱した様子も無く、冷静な口調だった。
「え・・・?・・・驚かないの?」
不意を打たれたのか洋子は驚いた表情をしている。
「いや、正直驚いたけどな・・・実はそうなんじゃないかって思ってたんだ・・・」
「どうして・・・?」
洋子は驚いた表情のまま、燃にたずねた。
「お前、前に俺が気の収束をさせたのを覚えているか?」
「・・・うん。でも、何で?」
燃が尋ねると洋子はそれに答え、そして首をかしげながらすぐに聞き返した。
「・・・実はあれはお前にちょっとした試験を行っていたんだ。」
「・・・・・・試験?」
「ああ・・・普通あんなに早くに気を習得できる人間なんてほとんど居ない。だからお前に気の扱いを教えたんだ。」
洋子が聞き返すと燃はばつが悪そうに説明を始めた。
結果がどうあれ、仲間を疑っていたという事実は捨てられない。
「そこで確信したよ。『ああ、こいつは普通じゃないな』ってな。まあ、まさか戦うことになるとは思わなかったけどな。」
冗談めかして燃が言った。
「あはは・・・そうだね。私も燃と戦うなんて思いもしなかったよ。正直殺されるかと思った・・・」
「何言っているんだよ。お前が殺してくれとか言い出したんだろ?・・・っていうか、何でお前自分がクローンだって知っているんだ?」
燃は話を途中で切り、先程から気になっていたことを口にした。
よくよく考えれば、洋子のクローンが自分をクローンと認識してしまったら燃たちに言うのは必至である。
妖の結晶を仕込まれたショックで記憶でも戻ったのだろうか。
「え?・・・ああ、えっとね・・・健一君が話してくれたの。」
洋子は話の転換に一瞬困ったが、すぐにまた話し始めた。
「健一が・・・?」
何か意味ありげな表情をし、燃が洋子に訊く。
「うん、少しためらいがちに話してたよ。」
「・・・・・・」
洋子がその時の情景を思い浮かべながら話すのに対して、燃は黙って考え事をしている。
「?・・・どうしたの?」
気になったのか、洋子が燃の顔を覗き込む。
「ん?・・・ああ・・・いや、なんでもない。・・・よしっ、そろそろ行かないと美穂に怒られる。」
そう言うと燃は立ち上がり、洋子に背を向けた。
「あっ、そうだ。」
走り出した燃が急に足を止める。
そしてもう一度振り返り、洋子の目の前まで歩み寄ってきた。
「な・・・何?」
強張った表情で洋子が燃に尋ねる。
「・・・おまえ、クローンだから自分はこの世に居ても意味がない・・・とか思っていないだろうな?」
真剣な表情で燃が洋子に訊く。
「・・・・・・ぷっ、あははははははははは!!」
洋子は真剣な燃に対し、いきなり吹き出して笑い始めた。
「・・・・・・!!」
今度は燃がそんな洋子を見て困惑している。
真剣な話を持ちかけたら、いきなり大笑いされた・・・確かにこの状況は戸惑うだろう。
「いい、燃?」
しばらくすると洋子は真剣な表情になりしっかりと燃を見据えた。
「私は・・・せっかくもらった命を無駄にする気はないから・・・!!」
洋子はその言葉でしっかりと自分の固い意志を燃に示した。
それはとうてい一般人では言えない台詞だっただろう。
「・・・・・・わかった。それで良い。それならば大丈夫だろう。・・・・・・じゃあ、俺はちょっと仲間を助けにいって来るから、そこでじっとしていろよ。」
燃は安堵の表情を浮かべると、手を挙げて美穂と健一の戦っている場所へ向かっていった。