8:魔王さまとお買い物
「仕返し、してくれたお礼に……クレープおごります。ここ、美味しいんですよ」
チョコとカスタードとバナナがくるまれたクレープを差し出し、イルーネが控え目に微笑む。
むっつりと彼女を見つめるまゆ子は、ややくすぐったそうに、それを受け取った。
まさか報復行為をして、人間から感謝されるとは思っていなかったのだ。
──よもやこの魔王が、人間の役に立つとはな──
心中で呟き、苦い笑みをこぼす。
イルーネはそんな笑みにも気づかず、ホイップクリームとイチゴを包んだクレープに噛り付いていた。
「マユコちゃんは、喋り方がおもしろいけど、いい子ですよね」
「……褒めている、のだな?」
頬にホイップクリームが付いた顔で、うん、と大きくうなずかれた。
いい子と表現されることも、あまり経験がない。なにせこの口調だ。
まあいいか、とまゆ子も出来たてのクレープをかじる。
この体になって以来、どうにも甘いものを好むようになっていた。糖尿病だろうか、と最初は疑ったものだが、女が持つ性らしい。
ワゴン車を改造したクレープ屋を後にして、ふたりで繁華街をぶらぶらと歩く。
同級生と授業外で一緒にいることも、稀だ。まゆ子は新鮮な気分だった。
「あ」
思いのほか早食いのイルーネは、空になった包み紙を丸めつつ、露店へ目を止めた。
売っているのは、銀製のアクセサリーだ。色合いや光沢からして、本物で間違いなかろう、とそれなりに目が肥えた魔王は判断する。
思わず立ち止まったイルーネは、それでも控え目に距離を取ったまま、露店を眺めていた。
じれったくなり、まゆ子が代わりに商品を覗き込む。
「何なのだ、一体。欲しいものでもあるのか?」
小柄な今の体と、五センチ程度しか変わらない彼女を見上げると、おずおずうなずかれた。
「はい……あの、ブレスレットが……」
「これか」
愛想よく笑いかける店主を、華麗に無視して一つのブレスレットを指さすと、再びうなずきが返ってくる。
いくつものチャームがぶら下がった、可愛らしいデザインのものだった。チャームも猫やスプーンや風車だったり、とにかく愛らしい。
──な、なんと可憐な! お値段もお買い得じゃない!──
まゆ子の乙女心が思わず疼いたが、ぐっとこらえる。
「欲するのならば、買えばよかろう」
平静とした顔で、イルーネを促した。
しかし彼女は両手を握り締め、もじもじとする。
「でも……こんなの付けて、目立たない、ですか?」
「金ならばいざ知らず、銀製品だ。むしろ地味なぐらいだ」
地味、という言葉に店主が傷つく。
「でも……」
一方のイルーネは、まだもじもじしていた。
「なんだ、厠へ行きたいのか」
イルーネの褐色の肌が、さっと赤らんだ。
「ち、ちがいます……だって、似合わない、ような気がして……一人じゃ、ちょっと、恥ずかしい……」
根っこは魔王改めオッサンであるため、まゆ子はその精神がよく分からなかった。
何が恥ずかしいのか、と首をかしげる。
一方のドレッドヘアをした店主は、目ざとくイルーネの迷いを見抜いたらしい。
再び揉み手で、クチバシを挟み込む。
「この商品でしたら、在庫もありますよー。お揃いに出来ますよー」
「お揃いなど──」
鼻で笑おうとして、一瞬イルーネの顔が明るくなったことに気付いてしまった。
しばし、まゆ子は沈黙する。
腕を組み、とんでもなく渋い顔で、長々とため息を吐いた。
「……私も同じものを、買い求めよう。ならば問題ないのであろう?」
「はい! お揃いなら、付けられます!」
跳ねるような声が、すぐさま打ち返された。
人の子になってしまった魔王は、現世の父に似て、若干お人好しだ。
ついでに、イルーネの頬にへばりついたままのクリームも、ハンカチで拭うのであった。