7:魔王さまと実技
魔導学の実技講習にて、本日転移術を学習した。
前世の記憶がある魔王にとっては、わざわざ学ぶほどのものではないのだが、表面上は真面目に受ける。
「はい、それじゃあ隣同士でペアになって下さい。さっき配ったカードを、転移術を使って交換して下さいねー」
担当教師が手を叩き、声を張り上げる。隣り合った生徒同士で向かい合い、術式の構築を試みた。
まゆ子も隣に座る、ルロイ少年を見る。
「ではルロイよ、術式を組んでみろ」
「うん、分かった」
爽やかなことで有名なルロイは、尊大な物言いにも、にこやかに応じた。
配られたカードをかざし、もう片方の手を閃かせる。
が、
「待ってよルロイ。私と組んでちょうだい」
クロディーヌが居丈高に、その構築を邪魔した。
彼女の後ろには、西海出身者らしい彫りの深い容姿をした、美少女が立ち竦んでいる。
まゆ子は二人を見据え、ふん、と鼻を鳴らした。
「クロディーヌよ。なぜイルーネを拒む?」
「嫌に決まってるじゃない、あなた以上にトロい子なんて」
顎を突き出し、クロディーヌも負けじと言い返す。
「それに私、ルロイとやりたいの」
「学業に色恋を持ち込むな」
ストイックな魔王は、繊細な顔を不機嫌にゆがめる。
場の空気が悪くなると、ルロイと、そして後ろに控えていたイルーネが慌てて割って入る。
「いいよ、マユコ! おれ、彼女と実技やるから!」
「わたしも……マユコちゃんが、嫌じゃなきゃ、いいです」
おたおたと言葉を継ぐイルーネに、まゆ子もそれ以上は言えなくなる。
してやったりと微笑み、クロディーヌが強引にルロイの腕を取って、自分の机へ連れて行った。クラスの中心人物である彼女の我儘は、教師からも黙認されている。
無人となったルロイの席へ、イルーネは申し訳なさそうに座る。ショートボブの茶髪に縁どられた顔は、目立つ作りの割に弱々しい表情を浮かべている。
「ご……めんなさい、マユコちゃん」
「上目に見るな。つまらぬ授業が、余計に味気なくなる」
ボンキュッボンな身を縮こませるイルーネへ、うんざりとした目を向ける。
「我……私に謝るぐらいなら、まずあの女を拒め」
「でも、怖くて……」
「あのような女狐、ただの小者だ。臆するな、力こそ世の全てであるぞ」
「はい……」
運動音痴故にいじられているまゆ子と違い、イルーネは根っからのいじめられっ子であった。目立つ外見のため、小さな頃から色々とやっかみを買って来たのかもしれない。
力信奉者のまゆ子にとっては非常にイライラする存在だが、それ以上に腹立たしいのが、実力もないのに女王然としているクロディーヌだ。
──魔王を相手に、よくも傍若無人たる振る舞いをしてくれたものだ──
「ふん」
クロディーヌを視界の片隅に捉えながら、右手を水平に動かす。
「きゃあああ!」
途端、彼女の制服のスカートが消えた。
「うぉっ」
脱ぎたてホカホカのスカートは、ルロイの頭上へと再降臨した。若干、彼も嬉しそうである。
「何やら喜ばせてしまったが……まあ、よかろう」
頬杖をついて満足げなまゆ子は、頬に刺さる激しい視線に気付いた。
視線の主は、イルーネであった。何故か彼女は、琥珀色の瞳を輝かせている。
「ありがとう、ございます、マユコちゃん!」
「はあ?」
どうやらイルーネから、「かたき討ちをしてくれた」と勘違いされたらしい。