おまけ5:ウルリッヒと将造
「誰だ……一体誰なのだ」
まゆ子は己が手を見下ろし、わなわなと震える。
「一体誰が、スペードの五を止めているのだ!」
一向に減ってくれない手札をにらみ、続いて七並べをする仲間もとい、ライバルを睥睨する。
ウルリッヒは目が合うや否や、にやりと微笑む。
「きぃぃーっ!」
それで察したらしく、猿のようにまゆ子が吠えた。
このやりとりを、将造はのほほんと見つめている。
「七並べも、二人だと味気なくてね……楽しいな」
そしてしみじみと、呟いた。
「まるで息子ができたようで、嬉しいよ」
「俺も、親父ができたみたいで嬉しいっす」
着実に手札を減らしながら、ウルリッヒは朗らかに笑う。
「俺の家、シングルマザーなんで」
そうなの、と将造は目を丸くする。
続いて身を乗り出した。
「それなら、パパって呼んでも良いんだよ」
ウルリッヒも姿勢を正す。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。パパさん」
「なんだい、ウル君!」
「パパさん」
「なんだい、ウル君!」
照れた顔で、将造が声を跳ねさせる。
「なんでもないっす!」
ウルリッヒも、何故だか嬉しそうに応えた。
冷めた目で、まゆ子はそのやりとりを眺めていた。
──我がパパで遊ぶな、この小役人め! スペードの五を出し惜しみしている狭量の分際で……──
それにしても、密かに暗い境遇ではないか、とも考える。
──己で人間界へ転生したのであろう? ならば金満家を親と選ぶことも可能だったのではなかろうか? 浅はかというか、運がないというか……いや、それは我も同じか──
しかしすぐさま、自分もシングルファーザーに育てられていることを思い出す。
友人や親類から同情されたこともあるが、まゆ子自身はあまり寂しさを感じたことがない。
ならばウルリッヒも、それなりに人間生活を楽しんでいるのだろう、と結論付ける。
それに少しばかり、共感も出来た。
とはいえ、家庭環境と勝負は別物であり。
「……パス、だ。三回目のパスである……」
まゆ子は低い声でうなり、手札を投げ捨てた。
ウルリッヒが凛々しい顔で、彼女を見つめる。
「マユコ。君は案外、勝負事に弱いな」
「黙れ」
「負けず嫌いなのに、残念だなぁ」
「黙れぇ!」
ぎゃんぎゃん、とまゆ子は吠えた。
ウルリッヒは大きく吹き出し、手を叩いて笑う。
二人の言い合いを、心底楽しそうに見つめる将造は、その笑みのまま、何気ない動作でカードを出す。
スペードの五だった。




