表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧弱魔王さま、乙女生活を謳歌する  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/43

34:魔王さまと小鹿

 まゆ子はまるで

「足がガクガク震えちゃって……生まれたての小鹿だな、こりゃ。車椅子でも用意しようか?」

「黙れ小役人風情め! 我が覇道の前に、このようなナマクラ靴など敵では……っ」


 言い終える前に体がぐらつき、咄嗟に前方のウルリッヒの胴へしがみつく。

 一瞬、気まずい沈黙が流れる。


 苦い顔を浮かべるまゆ子へ、ウルリッヒが振り返った。トレードマークでもある無精ひげを剃っているため、かなり若返って見えた。


「難儀してるようだけど、ハイヒールごときで」

 ニヤリと見下ろされ、彼女は憤然と彼の脇腹を殴る。痛い痛い、とおざなりな反応が返ってきた。


 それにもぷんすかしつつ、今度はぐらつかぬよう、腰を落とし気味に彼から手を離す。

 続いてゆるゆると、召霊夜会場──学校のホールへと歩みを再開する。危うげな足取りに合わせて、オレンジ色の膝丈ドレスが揺れた。ドレスの下のパニエも、ゆっさゆっさとたわんでいる。


 ウルリッヒもタキシードの皺を伸ばし、彼女の隣を歩く。これでも一応気を使っているらしく、時折彼女へ目配せをしていた。


 召霊夜の決まり事として、パートナーはお揃いのコサージュを付けるというものがある。

 まゆ子は手首に、ウルリッヒは胸元に、白いバラのコサージュを添えていた。

 それを会場入り口で示し、中へと通される。


 受付係の生徒が、眼鏡を外して着飾ったまゆ子と、軽く一回りは年上に見える男の組み合わせに、目を白黒させていたものの、見なかったことにする。


 それより語るべきは、会場の様子。

 有志の生徒によって飾られた場内は、見事、の一言に尽きた。

 会場の高い天井からは、色とりどりの布が雲のように漂っている。浮遊の術式が使われているのだろう。


 その間を、星明りを模した魔導が、縫うように飛び交っては瞬いている。

 壁面は魔導で作られた木々や花で彩られ、床にはふかふかとした絨毯が敷かれている。

 柔らかに明滅する薄明りの下、銘々着飾った生徒たちがダンスや、あるいはお喋りに興じていた。


 きらきらとした光景に、まゆ子は呆けた。

──ほほう。かつて人間界で垣間見た、舞踏会のごとし──


 乙女丸出しで見惚れていると、テーブル席に座っていた少女がぱたぱたと、勢いよくこちらへ駆け寄って来た。イルーネだ。

「マユコちゃんも来てくれたんですね!」


 やや褐色気味の肌によく似合う、鮮やかなピンクのホルターネックドレス姿だ。黄色い小花のコサージュが、髪にあしらわれていた。

 手を取ってはしゃぐイルーネの勢いで、また転びそうになりながらも、まゆ子は彼女の連れを見た。


 椅子から律儀に立ち上がり、軽く会釈する眼鏡の青年だ。陰惨な嫌がらせやいじめとは、無縁そうな好青年に見える。


「いい奴そうじゃないか」

 まゆ子の視線に気付いたらしい。ウルリッヒがこっそりと、耳打ちした。

 小さく、彼女もうなずき返す。


「あれなら監視も必要ないだろう。俺も要らないな?」

 が、こう続けられ、まゆ子はたじろいだ。大慌てでウルリッヒを見やり、会場を見渡し、もじもじとする。


──不要のはず、なのだが……──

 内心の魔王も、たじろいでいる。

 何せ今日は、普段はしないお化粧もばっちり決めている。いわゆる、おめかし状態なのだ。おまけにコンタクトだって装着している。

 魔王にだって、「もったいない」の精神は、ある。


──そもそも、まだドレスを一言も褒められて……いや、脱線している場合ではないぞ、我よ!──


 見れば早くも回れ右をしているウルリッヒの腕を、ぐいと引っ張った。今度はうっかりではなく、自主的な拘束である。

「マユコ?」

 軽く目を見開いて、ウルリッヒは動きを止めた。


「……召霊夜は、死者の霊魂を慰めるための宴、と聞き及んでいる」

 彼の問いかけには答えず、ぼそぼそと、きまり悪そうに言葉を紡ぐ。

「だから、今宵は、貴様も労ってやる。付き合え」

 言い終わった途端、顔が真っ赤に染まった。


 照れに照れている彼女を見て、彼も柔らかく吹き出す。

「ボートから突き落とした張本人が、よく言うよ」

「あれはその……悪かった」

「まさか、ウン百年越しに謝られるとは」

「ぐっ」


 まゆ子が目を白黒させていると、言葉を切った彼の表情が、ますます柔らかくなった。

「でも、嫌な気はしないもんだ」

 ほんのり苦笑を浮かべながらも、ウルリッヒは会場へ再び体を向けた。

 だがまゆ子は、それどころではなかった。


 柔らかで、色香すら漂う彼の笑みに眩暈を起こしていた。別の意味で、ウルリッヒのタキシードが手放せない。


 真っ赤な顔で固まる彼女を、ウルリッヒは見逃さない。

 たちまち、いつもの人を食った悪い笑みになる。


「どうした? 俺に惚れ直した?」

「そそ、そ、そもそも惚れておらぬわ!」

 どもったので、その勢いは五割減である。


 しかしそこへぐい、と第三勢力が割り込んだ。

 イルーネである。一歩身を乗り出し、興味津々、と二人を交互に見やった。

「突き落したって、どういうことですか? マユコちゃんが、何かやらかしちゃったんですか?」

 耳ざとい奴め、とまゆ子は顔をしかめる。


 一方のウルリッヒは外面の良い笑顔で、ぺらぺらまくし立てた。

「そうそう。初対面で、二人きりでボートに乗ってる時にね。背後からドーン!と押されてさ。いやね、ほんと、あの時は死ぬかと思ったよ」


──冥府の役人なのだから、半分死んでいるようなものだろうが!──


「それが、マユコちゃんとウルリッヒさんの出会いですか?」

「うん。ベタベタなラブコメみたいだろ」

「はい、ロマンチックです」


 出会った当時は筋肉だるまと小役人だったことを、イルーネは知らない。そして今後も、知らずにいるだろう。


 傍目には和気あいあいとした三人を、会場の隅から見つめる視線があった。

 それこそ亡者のような顔色をしたルロイが、三人──殊にまゆ子をじりじりと見つめていたのだが、それどころではない彼女は全く気付かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ