33:魔王さまとFとG
ドレス店で、その不幸な遭遇は発生した。
ルロイは半ば強引に、クロディーヌのパートナーとされていた。
本心ではまゆ子を誘いたかったのだが、彼にそんな勇気はなかった。
また、少年特有の見栄が、勝ち目のない勝負に臨むことを諦めさせたのだ。
──それでも、勇気を出して誘っていたら、万が一……──
後悔の海にたゆたいながら、少年はそんなことを考える。
彼は半ば上の空で、クロディーヌのドレス選びに付き合っていた。召霊夜のパーティーへ出るためには、ドレスは必須である。
「それじゃあルロイ、ちょっと試着して来るわね」
「ああ、うん」
茶目っ気さえあふれ出ているウィンクにも、ルロイはぼんやり手を振って応じた。
そしてため息を、深々とつく。続いて周囲を見渡す。
──どいつもこいつも、幸せそうじゃないか。ちぇっ──
カップルだらけの店内で、試着室へ消えたクロディーヌを大人しく待っていると、また新たなカップルが入店した。
妙に凸凹したカップルだな、と横目で盗み見て、ルロイは固まる。
カップルの片割れは、まゆ子だった。きらびやかなドレスに囲まれ、どこかうっとりとしている、女の子らしい表情がまた新鮮だ。
しかしすぐさま、彼女にも同伴者がいることを思い出し、彼の精神に雷が落ちる。
自分が誘わなければ、きっと彼女は一人だろう、とどこかで高慢に信じ込んでいたのだ。
現実には、彼女は年上の男性をパートナーに選んでいた。無精ひげの生えた、煙草やウィスキーが似合いそうな男だ。
なんというか、渋い趣味である。
打ちひしがれているルロイに、まず渋い男が気付いた。そしてドレスに目を奪われているまゆ子をつつき、何かを耳打ちした。
怪訝な表情で店内へ視線を巡らせたまゆ子は、途中でルロイに気付く。
放心する彼の精神状態に気付くわけもなく、彼女は教室内で話しかける気さくさでもって、ルロイに手を振った。
「貴様もいたのか。相手はクロディーヌか?」
語尾には、労いも混じっている。ずばり同伴者を言い当てられらたことがまた、ルロイを傷つけた。
心の機微に疎いまゆ子と違い、男は泣き出しそうなルロイの様子を訝しんだ。
そしてわざとらしく、まゆ子をにらむ。視線に気づき、まゆ子も片眉を持ち上げた。
「何だ?」
「誰なんだよ、この少年は」
少年、という響きに、一筋の涙がこぼれた。
「まさか君の、間男なんじゃないの?」
「ほざけ、下郎が」
ダブルでショックだった。間男扱いされたことも、一笑で切り捨てられたことも。
──きっとこの二人は……Cどころか、FもGも済ませているに違いない!──
突飛な考えに突き動かされ、ルロイはふらふらと二人の前を横切り、そして泣きながら外へ飛び出した。
「ちくしょう! FやGって何なんだよぉぉぉぉ!」
捨て台詞を残して。
後の店内には、微妙な空気が流れていた。
男衆は首をひねり、女衆はひそひそと小声で言葉を交わす。
まゆ子と男──ウルリッヒも、何とも言えない表情で顔を見合わせる。
「彼に一体、何があったと言うのか」
「君、昔は男だったんだろう? 思い当たる節、ないの……って、処女だからないか」
「恥ずかしいことを平然と言うな!」
ウルリッヒの足を踏むが、それこそ平然としていた。
その時、試着室の一つがガタリと開いた。
金色のドレスに身を包んだクロディーヌが得意げに出て来て、続いて辺りを見渡し、独りごちる。
「あら? ルロイったらどこへ行ったのかしら……」
「ルロイならば、何故か泣きながら何処へと去って行ったぞ」
無視しても良かったのだが、同じクラスのよしみとして、まゆ子が一歩前へ出た。
途端、クロディーヌの表情が曇る。
「何よそれ。ひょっとしてあなた……ルロイに何かしたんじゃないの? そもそも、はみ出しっ子のあなたがどうして、ドレスを選びに来ているのよ」
「私とて、時には祭りに興じることもある」
つん、と顎を突き出して言い返し、ウルリッヒのジャケットをむんずと掴んだ。こいつがパートナーだ、文句あるか、とクロディーヌをねめつける。
ウルリッヒも肩をすくめて、嘘くさい爽やか微笑で彼女を見つめた。
「品性下劣な色味のドレスが、君の性根にぴったりだね」
「何よこの失礼なおっさんは!」
ルロイのことなどすっかり忘れ、クロディーヌは憤慨した。




