32:魔王さまとお誘い
召霊夜という行事がある。
冥府から彷徨い出てきた亡霊を慰める、お祭りである。まゆ子の母国の行事で言うところの、お盆に相当するものだ。
亡霊たちを慰め、または鎮めるため、祭りは派手な方が良いとされている。
そのためこの時期は、どの高校でもダンスパーティーが開かれることになっていた。
ただし、同伴者がいないと参加できないという、ぼっちには手厳しい入場条件が設けられていたが。
もちろんパーティーには縁がない、と高を括っていたまゆ子だが、イルーネの言葉で目を剥く羽目となった。
「隣のクラスの男の子から……その、召霊夜のダンスに、誘われました……」
イルーネはお昼のお弁当などそっちのけで、もじもじと親友へ告げる。
思わず固まったまゆ子も、食欲なんて吹っ飛んでいた。
心にあるのは「裏切られた!」という思いよりも、「大丈夫なのか?」という不安。
──本当にその男は、イルーネに気があって誘ったのか? よもやこの魔王を誘い込む罠として……いいや、それよりも、イルーネをからかうためかもしれない。会場に着いたら、天井から豚の血が入ったバケツをぶちまけ、彼女に浴びせかけて嘲笑するために……おのれ、我が盟友イルーネに何たる仕打ちを!──
「あの、マユコちゃん? いじめ、じゃないと思うの。彼ももじもじして、大人しそうな、優しそうな人だったし」
まゆ子の顔色から、不穏な推測を察したらしい。両手を広げ、彼女をなだめる。
暴れ牛でも手なずけるように「どうどう」と親友を押さえ、イルーネははにかんだ。
「それで、一緒に行けたらいいなぁ、と思ったんです」
「行けば良いではないか、その男と」
少しふてくされているまゆ子へ、違うよ、とイルーネは慌てる。
「マユコちゃんも一緒に、ということです! お友達もいないと、寂しいでしょう?」
──孤高の存在である魔王に、寂しさを説かれても困るのだが──
苦笑を浮かべるまゆ子は、頬へ突き刺さる真摯な眼差しに気付いた。
潤んだ瞳でじっと見つめてくるイルーネと目が合い、思わずたじろぐ。
「やめろ。そのような、捨て犬を思わせる目をするな」
「だって……」
「ぐっ、やめてくれ……私は……小動物に弱いのだ」
「マユコちゃんが、いないだなんて……」
「うぐぐ……分かった、貴様の言い分は分かったから!」
「で、俺のところに来たわけだ」
「貴様以外に、男の知り合いという選択肢がないだけだ。自惚れるな、小役人よ」
ニヤニヤ笑いのウルリッヒへ、まゆ子はムッツリと言い訳する。
ケーキ持参であるため、あまり説得力はないのだが。
しかし召霊夜のパーティーに、独りで参加することは出来ない。また、肉親はパートナーに出来ない。背に腹は、変えられないのだ。
彼女の事情を知っているからだろう。ソファにふんぞり返るウルリッヒは、いつも以上に下衆な顔だ。
──やっぱり嫌いだ、こいつ──
プライドを捨て、適当にクラスメイトを誘うべきだった、と少しばかり後悔する。
ケーキの箱を抱きしめ、まゆ子は作り笑いを浮かべる。
「多忙ならば、構わないのだ。我も、無理強いするつもりはない」
が、ウルリッヒの手も箱へと伸ばされる。抵抗する間もなく、それはさらわれた。
「あっ!」
「心配するなって。一晩ぐらいなら、付き合ってやるよ」
「心配などしておらぬわ! 出来ることならば、貴様と出歩きたくないだけだ!」
「あ、ひょっとして照れ隠しか? ちゃんとキスの時みたいに、ダンスもリードしてやるからさ、安心しなさいよ」
「っきー! その話題は禁句だと申し渡したはずだぞ!」
猿のような雄叫びを上げると同時に、ケーキ箱目がけてウルリッヒへ飛びかかる。しかし、あっさりとかわされた。
その拍子にバランスを崩し、まゆ子は鈍くさくも床へ転倒しそうになるが、ウルリッヒが片手で、これまたあっさりと受け止める。
まゆ子は米俵のように抱えられていた。
魔王として腹立たしく、また乙女としてこっ恥ずかしいため、彼女は赤い顔で怒鳴った。
「ええい、離さぬか! あと、イチジクのタルトは我のものぞ!」
「そんなデカい声出さなくても、ちゃんとやるよ……で、召霊夜はどうするんだ? 連れて行ってくれるなら、このまま何もしないけど」
連れて行ってくれないなら、と真顔のウルリッヒが肉薄する。まゆ子の顔色が、赤から青へと変色する。
「や、やめ、やめぬかぁぁ! この、慮外者の恥知らずめ!」
尻を撫でる手を叩き落とし、まゆ子は彼へ同伴の許可を与えるしかなかった。
選択肢など、やはり他に存在しなかったのだ。




