表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧弱魔王さま、乙女生活を謳歌する  作者: 依馬 亜連
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/43

32:魔王さまとお誘い

 召霊夜(しょうれいや)という行事がある。

 冥府から彷徨(さまよ)い出てきた亡霊を慰める、お祭りである。まゆ子の母国の行事で言うところの、お盆に相当するものだ。

 亡霊たちを慰め、または鎮めるため、祭りは派手な方が良いとされている。


 そのためこの時期は、どの高校でもダンスパーティーが開かれることになっていた。

 ただし、同伴者がいないと参加できないという、ぼっちには手厳しい入場条件が設けられていたが。


 もちろんパーティーには縁がない、と高を括っていたまゆ子だが、イルーネの言葉で目を剥く羽目となった。

「隣のクラスの男の子から……その、召霊夜のダンスに、誘われました……」

 イルーネはお昼のお弁当などそっちのけで、もじもじと親友へ告げる。

 思わず固まったまゆ子も、食欲なんて吹っ飛んでいた。


 心にあるのは「裏切られた!」という思いよりも、「大丈夫なのか?」という不安。


──本当にその男は、イルーネに気があって誘ったのか? よもやこの魔王を誘い込む罠として……いいや、それよりも、イルーネをからかうためかもしれない。会場に着いたら、天井から豚の血が入ったバケツをぶちまけ、彼女に浴びせかけて嘲笑するために……おのれ、我が盟友イルーネに何たる仕打ちを!──


「あの、マユコちゃん? いじめ、じゃないと思うの。彼ももじもじして、大人しそうな、優しそうな人だったし」

 まゆ子の顔色から、不穏な推測を察したらしい。両手を広げ、彼女をなだめる。


 暴れ牛でも手なずけるように「どうどう」と親友を押さえ、イルーネははにかんだ。

「それで、一緒に行けたらいいなぁ、と思ったんです」

「行けば良いではないか、その男と」


 少しふてくされているまゆ子へ、違うよ、とイルーネは慌てる。

「マユコちゃんも一緒に、ということです! お友達もいないと、寂しいでしょう?」


──孤高の存在である魔王に、寂しさを説かれても困るのだが──


 苦笑を浮かべるまゆ子は、頬へ突き刺さる真摯な眼差しに気付いた。

 潤んだ瞳でじっと見つめてくるイルーネと目が合い、思わずたじろぐ。


「やめろ。そのような、捨て犬を思わせる目をするな」

「だって……」

「ぐっ、やめてくれ……私は……小動物に弱いのだ」

「マユコちゃんが、いないだなんて……」

「うぐぐ……分かった、貴様の言い分は分かったから!」



「で、俺のところに来たわけだ」

「貴様以外に、男の知り合いという選択肢がないだけだ。自惚れるな、小役人よ」

 ニヤニヤ笑いのウルリッヒへ、まゆ子はムッツリと言い訳する。

 ケーキ持参であるため、あまり説得力はないのだが。


 しかし召霊夜のパーティーに、独りで参加することは出来ない。また、肉親はパートナーに出来ない。背に腹は、変えられないのだ。


 彼女の事情を知っているからだろう。ソファにふんぞり返るウルリッヒは、いつも以上に下衆な顔だ。

──やっぱり嫌いだ、こいつ──


 プライドを捨て、適当にクラスメイトを誘うべきだった、と少しばかり後悔する。

 ケーキの箱を抱きしめ、まゆ子は作り笑いを浮かべる。

「多忙ならば、構わないのだ。我も、無理強いするつもりはない」


 が、ウルリッヒの手も箱へと伸ばされる。抵抗する間もなく、それはさらわれた。

「あっ!」

「心配するなって。一晩ぐらいなら、付き合ってやるよ」

「心配などしておらぬわ! 出来ることならば、貴様と出歩きたくないだけだ!」


「あ、ひょっとして照れ隠しか? ちゃんとキスの時みたいに、ダンスもリードしてやるからさ、安心しなさいよ」

「っきー! その話題は禁句だと申し渡したはずだぞ!」


 猿のような雄叫びを上げると同時に、ケーキ箱目がけてウルリッヒへ飛びかかる。しかし、あっさりとかわされた。

 その拍子にバランスを崩し、まゆ子は鈍くさくも床へ転倒しそうになるが、ウルリッヒが片手で、これまたあっさりと受け止める。


 まゆ子は米俵のように抱えられていた。

 魔王として腹立たしく、また乙女としてこっ恥ずかしいため、彼女は赤い顔で怒鳴った。

「ええい、離さぬか! あと、イチジクのタルトは我のものぞ!」

「そんなデカい声出さなくても、ちゃんとやるよ……で、召霊夜はどうするんだ? 連れて行ってくれるなら、このまま何もしないけど」


 連れて行ってくれないなら、と真顔のウルリッヒが肉薄する。まゆ子の顔色が、赤から青へと変色する。

「や、やめ、やめぬかぁぁ! この、慮外者の恥知らずめ!」

 尻を撫でる手を叩き落とし、まゆ子は彼へ同伴の許可を与えるしかなかった。

 選択肢など、やはり他に存在しなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ