31:魔王さまと土下座
ウルリッヒは珍しく、引き締まった表情でソファに腰掛けていた。
深々と座ってだらけるでも、足を組んでふんぞり返るわけでもなく、両腕を膝に乗せ、やや前傾気味で真正面を見据えている。
生真面目過ぎる紅茶色の目が見下ろしているのは、床に座るまゆ子であった。
こちらは陰鬱な顔で、埃っぽい床の上にて正座を作っている。
時計の秒針が一周する間、二人は沈黙を守っていた。
最初に口を開いたのは、ウルリッヒであった。
「最近、ご近所さんから妙な相談事を持ちかけられます」
「……はい」
敬語が怖い、とまゆ子は思ったが、素直にうなずくだけにとどめる。
「夜寝ていると、妙な夢を見るそうです」
「……はい」
「夢の内容は、相談者全員が一致しました。大きな角を生やしたマッチョの魔族から、『うぬは力が欲しくないか? 我の後継者にならぬか?』と誘われるそうです」
「……はい」
「なお、この夢を見るのは、決まってラグビー選手やボクサーなど、いい体をした男ばかりです」
「……はい」
らちが明かない、と判断したのだろう。
ウルリッヒはソファから立ち上がり、まゆ子の前へ出た。
びくり、と彼女の細い体が飛び跳ねる。
彼は身を屈め、視線をそらすまゆ子をのぞきこんだ。
「夢を見させているのは、君だろう」
「何のことやら、我には皆目……」
半笑いでごまかそうとするが、頬をがしっと掴まれる。
「ふげっ」
「ごまかせると思ってるのか? 君がマッチョ教信者だってことは、既に調べが付いてんだよ」
冷え冷えとした視線と一瞬目が合い、まゆ子は無意識の内に姿勢を低くした。
「……すまぬ、ほんの出来心なのだ」
「出来心で、付近一帯のマッチョ全員をナンパしたわけか」
「す、す、すまぬ! 夢に介入できる術式を発見し、嬉しくなったのだ!」
おでこも床へこすりつけた土下座スタイルのまま、半ば呆れるウルリッヒへ詫びるのであった。




