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貧弱魔王さま、乙女生活を謳歌する  作者: 依馬 亜連
本編

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30/43

30:魔王さまと教科書

 勉学にはすこぶる熱心なまゆ子だが、たまに失敗もする。

 本日は歴史の教科書を、カバンに入れ忘れていた。


 苦虫を口いっぱいに詰め込んだ顔で、彼女は隣のルロイを見る。

「すまん、ルロイよ……」

 魔王の気質故、頭を下げるのが苦手なのだ。


 一方のルロイは、爽やかな笑顔を返す。

「教科書忘れたの? いいよ、はい」

 彼はまゆ子へ、一途に好意を寄せている。

 そのため彼女の一挙一動を常に見つめており、此度も事態を飲み込むのが早かった。


 阿吽の呼吸で机を寄せてくれたルロイへ感謝しつつ、まゆ子は能天気に考える。


──存外使える男よ。こやつを部下にすれば、我が宿願も……いやいや、今は授業だ。パパが学費を払ってくれているのだ、集中、集中──


 彼の好意にはさっぱり気付かず、二人の机の真ん中に置かれた教科書へ、キッと視線を落とす。

 そして思わず、小さく吹き出した。

 ちらりと教師に見据えられ、慌てて咳払いでごまかしたものの、隣のルロイはばっちり気付いていた。彼女が、何に笑ったのかを。


 まゆ子はルロイの教科書に載っている、勇者の肖像画に吹いていた。

 元は、キリリと凛々しく精悍に描かれているのだが、この年頃の少年にかかれば勇者もおもちゃ。


 顔一面に、ラクガキが施されている。眉毛は繋がれ、睫毛は増量され、口元には泥棒のような濃いヒゲが蓄えられている。おまけに髪型は、アフロへと変貌していた。

 顔の真横には吹き出しが添えられており、「朝から、ふえるワカメしか食ってねぇ」と勇者はぼやいていた。


 勇者へごまんと恨みのあるまゆ子にとって、このラクガキはなかなか痛快だった。

 むしろ生前、勇者をふえるワカメ責めにしてやれば良かった、などと考えてしまい、また笑いが込み上げる。


 小刻みに肩を震わせるまゆ子の姿を、ルロイは嬉しげに見つめていた。

 そして授業の進行に合わせ、ページをめくる。次のページにも、ルロイの自信作があるのだ。


 だが、その自信作を目にした途端、まゆ子の震えが止まった。

 おや、とルロイが内心小首をかしげていると、鬼の形相が振り返った。

「え、マユコ……」

 何かを問う暇すら与えてもらえず、彼はグーパンチでぶたれた。

 痛さはほとんどなかったものの、精神的に来るものがあった。


「こら、何をやっているんですか!」

 優等生の突然の暴挙に、初老の教師も、教科書を片手に慌てる。

「だまれ!」

 妙に年季の入った恫喝で、まゆ子は教師すら黙らせた。


 フーフーと、全身を大きく上下させて呼吸する彼女は、つり上がった目でルロイの教科書を一瞥した。


 勇者の肖像画に続いて、魔王の肖像画も掲載されていたのだ。

 もちろんこちらも、ラクガキの被害に遭っている。


 ガッチリムキムキの外見が災いし、額には「肉」と描かれ、鼻毛も伸ばされている。

 おまけに、「ワシの朝は、にんにく卵黄とプロテインで始まるのじゃ」という吹き出しもあった。


「我はプロテインなど飲まぬ!」

 天然で筋肉を作り上げた身として、これ以上ない侮蔑であった。

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