3:魔王さまと魔獣
その出来事は、朝のニュース番組で報じられた。
朝食のパンをかじりながら、まゆ子は食い入るようにテレビを観る。
自宅近所の民家にて、魔獣が無許可で飼育されていたという。
飼育していた男は、販売目的で魔獣を密輸入したものの、見事に逃げられたらしい。最初から飼うなよ、とまゆ子は思わなくもなかった。
そしてその魔獣の行方は、現在も掴めていないのだそうだ。
周辺住民へ注意を促し、ニュースキャスターのお姉さんは次の話題を読み上げる。
しかし慄くどころか、まゆ子の魂は大いに高ぶっていた。
魔獣。すなわち、魔界に住まう野生動物たち。
魔王であった頃は、多数の魔獣を従え、あるいは愛でていた。
魔界の動物は、総じて人間界のそれよりも賢く、強大だ。仕込めば芸も、よく覚えたものである。
そして今も近隣を彷徨っているであろう、逃げ出した魔獣へ思いをはせる。
──我が物としたいものである──
つまりは欲しい、とぼんやり考えたのだ。
また魔獣を飼いたい。背中に乗って、人間どもを蹂躙したい、とも同時に願う。
だが人間として十六年間生きてきたまゆ子は、続いてうなだれた。
アパート住まいの自分が、あの大きな魔獣を飼えるわけない、と脳の冷静な部分が囁いたのだ。
シュタインベルガー市は、盆地に存在する。土地も限られているので、地価は決して安くない。
そのため、まゆ子の家も手狭なアパートだ。
加えて彼女は、まだまだ扶養される立場にいる。
魔獣を捕獲する夢はこうして、生々しい金銭および土地問題によって、実行前から頓挫した。
前世が魔王だろうが勇者だろうが遊び人だろうが、現世の泥臭い問題とは無縁でいられない。
「人の世の、なんと世知辛いことよ……」
ぼやいてすすったコーヒーは、ことさら苦かった。