29:魔王さまとクレーンゲーム
全体的に、まゆ子は鈍くさい。
瞬発力を発揮するのはテストの問題文を読み解く時と、街でウルリッヒに遭遇した時ぐらいなものだ。
対ウルリッヒ時における彼女の危機回避能力は、おそらく勇者一味の盗賊にも匹敵しているだろう。
しかし平時においては、「何もないところで転ぶ」側の人間である。ゲームの類も、苦手としていた。
「ぐぬぬ……」
そんな彼女がクレーンゲームの筐体に額をくっつけ、うめき声を上げている。
お小遣いの三分の一をつぎ込んでも、ぬいぐるみ一つ取れないのだ。
軽い気持ちで始めたはずなのに、いつしかまゆ子は執念を燃やしていた。
ギャンブルには向いていない性格、と言えるだろう。
「我の金を……パパが稼ぎしお小遣いを無碍にした罪……とくと味わえ」
ささやき、両手で燃え盛る術式を構築しかけたところで、背後から羽交い絞めにあった。
まゆ子をゲームセンターへ連れて来た張本人、イルーネだ。
「筐体いじっちゃ駄目なんだから! 怒られちゃいますよ!」
珍しく語気を荒げ、まゆ子をクレーンゲームから引き離す。
「ええい、離せっ、イルーネよ! 我はこのクレーンゲームに、悪の本質を教えてやらねば気が済まぬ!」
「もう、また変なこと言って。意固地にならないで下さい。敵討ちなら、ちゃんとしますから」
困ったように微笑んで。
イルーネは、ふてくされるまゆ子の代わりに硬貨を投入した。
滑らかな動作でクレーンは動き、そして難なくぬいぐるみをつまみ上げた。
とろんとした容姿の割に、イルーネはこの手のゲームが得意らしい。
まゆ子も目を見開き、驚愕する。
「凄いではないか。将来は建設現場の、クレーン作業員で決まりだな!」
「うーん、出来れば魔導関係のお仕事に就きたいです……はい、これ」
頓珍漢な賛辞に苦笑いをするも、ウサギのぬいぐるみをまゆ子へ差し出した。
黒いつぶらな瞳と向かい合い、まゆ子は面食らう。
「しかしこやつは、イルーネが召し取ったものだ」
「まゆ子ちゃんが、欲しそうにしてたから頑張ったんです。言ったじゃないですか、敵討ちをするって」
クレーンゲームを横目に、イルーネははにかむ。
改めてぬいぐるみを前にして、まゆ子は気づいてしまっていた。
別に、さほど欲しくもない、と。
──我の部屋にふさわしきは、人間の頭蓋よ。このような縫製も粗悪な、綿の塊など……──
鼻で笑おうとして、得意げに微笑むイルーネを見つめる。
尻尾が彼女についていれば、左右にぶんぶんと、嬉しそうに振られていただろう。
「……うむ、ありが、とう」
いらない、などと言えるわけがなかった。
こうしてまた一つ、まゆ子の部屋のファンシー度が上がるのであった。




