28:魔王さまとシャワー
今日はずいぶんと暑かった。
まゆ子は家に戻るなり、トイレ兼浴室へと駆け込んだ。
汗でべたつく体を、一刻も早く洗い流したかったのだ。
夏芽家の浴室はトイレと一体になっている、いわゆるユニットバスだ。小ぢんまりとしているが、清潔に保たれている。
お風呂とトイレの掃除は、まゆ子の担当なのだ。
「水回りが淀んでいては、悪しきものを呼び寄せるのでな」
誰に言うでもなく、まゆ子は得意げに微笑する。存外魔王は信心深いらしい。
また、本人が誰よりも邪悪な存在であることに、未だ気付いていないようだ。
まゆ子はむんずと制服の上衣を掴み、中途半端にボタンを外したまま、それを強引に脱いだ。
父と二人暮らしであるが、浴室の鍵はかけていない。気遣い屋の父は、どんな時でもノックをするのだ。
つまり、こちらから気を使う必要はない、ということだ。
続いてスカートも脱ぎ、脱衣カゴへ制服を一揃い放り投げる。
そこでガッコン、と扉が開かれた。
半裸のまま、まゆ子は固まる。扉を開いた主と、ばっちり目が合う。
紅茶色の目も、真ん丸になっていた。
「何故、貴様がここにいる!」
口調は重々しいが裏返った声音で、まゆ子は己の体を抱きしめて叫んだ。
ウルリッヒも無精ひげの生えた顎を撫で、苦笑する。
「お義父さんと外でばったり会って、夕ご飯をご馳走してもらうことになったんだが……君、個性的な柄の下着を着てるな」
「うるさい! まじまじと見るな! ばかたれ!」
「カモノハシって」
「イルーネが選んだのだ! 文句でもあるのか、この野郎!」
デフォルト化されたカモノハシ柄の下着を隠して、地団駄を踏み鳴らす。
見ようによっては、カモノハシも可愛い、とは言えないこともない。後ろ脚の爪に、毒があるけれど。
「はいはい、悪かったよ」
にやにや笑いのまま、ウルリッヒは回れ右をする。
いや、しようとして途中で引き返した。
そして改めて、まゆ子を見下ろす。
ぎくり、と彼女も肩をいからせる。
服を着ていないので、心身ともに心許ない。
「……なんだ」
低い声で問えば、いや、とウルリッヒはためらいがちに顎を撫でる。
「君、魔王だったんだろう? 魔導の力でそこを、どうにかしないのかな、と思って」
指をさされ、まゆ子はしかめっ面となる。
「親から授かった体ぞ? みだりに手を加えるは愚行よ」
そして、とてもとても薄い胸を、何故か誇らしげに反り返した。




