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貧弱魔王さま、乙女生活を謳歌する  作者: 依馬 亜連
本編

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27/43

27:魔王さまと電波

 人間の肉体を得たとはいえ、ウルリッヒの魂は今も渡し守のままだ。

 いわば現在は、人間界での、少し長い有給休暇の途中なのである。

 普段は本業から離れて人間の生を楽しんでいるものの、不測の事態があれば渡し守へと戻ることもある。


 新月の今晩も、彼は本業へと立ち戻る羽目になっていた。

 そのきっかけは、夢で見たお告げ──というか業務命令である。

 酒をかっくらってまどろんでいたウルリッヒの脳へ、冥府での上司が直接語りかけてきたのだ。


──ウルリッヒよ……──

「何、この電波」

 まどろみから一時浮上し、ウルリッヒは呟く。


 声はやや、不機嫌さを帯びた。

──失礼な。電波じゃないよ、君の上司様だよ──

「あ、すんません」

──分かればいい……そこで本題だが。魔界の有力者が一体、人間界へ忍び込んだ。狙いはマユコ・ナツメだ……どうやら、魔王の生まれ変わりである、と勘付かれたらしい──

「そりゃ……大変っすね」


 夢うつつに同情すれば、上司の声が憤慨する。

──大変っすね、じゃないよ。お前が行けよ。一番近いんだから──

「はぁっ?」

 素っ頓狂な声を上げて、ウルリッヒはぱっちり双眸を開く。


 事務所の仮眠用ベッドの上空から、再び上司の声が響き渡る。

──その有力者は、マユコを魔王へ据え置くつもりだ。そうなる前に手を打て。手段は問わないから──

「いや、そりゃいいですけど……その、手当は? これって休日出勤になりますよね?」

 寝癖だらけの頭をかき、ウルリッヒは顔をしかめる。


──人間界の危機だよ! 今はお前も人間だろ! 無料奉仕で頑張りなさいよ!──

「いやいやいや。そういうのって、そもそも神界がどうにかする問題っすよね。んな大事を、俺一人に任されても──」

──ウル公のケチ! いいからとっとと世界を救え! 死ぬ気でやればどうにかなるでしょ!──


 が、声は屁理屈な理論を振りかざし、それきり交信を途絶した。


 本業のとんだブラックぶりに肩を落としつつ、ウルリッヒは着替えをし、外へ出た。

「下っ端は辛いよ、ほんと」

 ウルリッヒの事務所があるビルから、まゆ子のアパートまで、徒歩十五分程の距離がある。走れば、まあ、五分程度で着くだろう。


 魔導光が照らす道を、ウルリッヒは音もなく駆け抜けて行く。

 何かと問題は孕んでいるものの、今の人間界は住みやすい。槍を片手にウホウホ言っていた時代を知る身からすれば、目を見張るほどに発展している。


 確かに、再び戦乱の時代へ落とすのは忍びない。

「そうなると、魔族とマユコが接触するのを、なんとしても防がなきゃならないか……しかし、既に接触していたらどうする?」

 落ち着いた呼吸の下で、ウルリッヒは自問自答をする。


 接触済みであれば、魔族を消したところで手遅れかもしれない。

 そうなれば殺すべきか? あの、少女の皮を被ったオッサンを?

 ……できれば、それは避けたい。


 可能性を提示するも、即座に感情が否定したことに気付き、ウルリッヒは口元を歪める。

「情が移ったか。これだから、人間は厄介なんだ」

 己の心情に落胆しつつ、納得もした。


 あの女子高生モドキは、見ていて面白いのだ。本人は生真面目に、魔王としての矜持を保っているつもりなのだろうが、傍から見ればただの「変な子」である。

 だから殺すのは、何だか勿体ない気もした。


 思考がまとまらぬ内に、まゆ子の家へ到着した。

 遠巻きにアパートの入り口を観察し、ウルリッヒは小さく舌打ちをする。

 いた。魔族の証である角を生やした美丈夫が、入り口に。

 面倒なことに、パジャマ姿のまゆ子もいる。二人は真剣な顔で、何かを話し込んでいた。


 このまま魔界へ連れ帰られてはまずい。

 決心できていないまま、冥府の加護が込められた櫂を出現させ、ウルリッヒは隙を伺う。

 しかし、彼が二人の背後へ飛び出すことはなかった。


 代わりに魔族の男が、まゆ子によって吹き飛ばされた。

 術式をぶつけたらしく、まゆ子の周囲には光がちらついている。

「そのようなふ抜けた体格で、魔王の側近が務まるか! 笑止!」


 いわゆる優男体型である魔族を、まゆ子はあらん限りの雑言で罵った。

 地面を転がった魔族は、最初顔を真っ赤にして激怒したものの、魔王との舌戦に勝てるわけもなく、最終的には号泣した。


 泣きながら立ち上がり、ダバダバとまゆ子の元から逃げ出す。

 そのまま、彼は夜闇に消え失せた。


「ふん。三下風情が煩わせおって……我のお肌が荒れちゃったら、どうするつもりだ」

 深夜に起こされたまゆ子も、憎々しげにそう吐き捨て、さっさとアパートへ引っ込む。


 結局、ただ魔族が侵入し、そして逃げ帰っただけであった。

 つまるところは取り越し苦労であったのだが、ウルリッヒは安堵していた。


「あいつが馬鹿……いや、マッチョ信者で何よりだ」

 逃げた魔族の処理は同僚に任せようと判断し、彼は大きくあくびをするのであった。

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