24:魔王さまと宿題
魔導学の実技講座では、度々宿題が課せられる。
今回の宿題は、創造術であった。
内容はいたって簡単。自分の思い描いた「何か」を、より生々しく作り上げて提出せよ、というもの。実在の人物だろうが非実在人物だろうが、はたまた物体でも構わない、というアバウトさだ。
多種多様な生物を生み出しては、勇者への刺客として放っていた魔王にとって、こんな課題は朝飯前。今回も知恵猫の軍隊を生み出し、早々に教師から満点を貰っていた。
──教諭よ。猫大好きな貴様の弱点など、とうの昔にお見通しだ──
知能犯のまゆ子は、担当教師の机に飾られている愛猫の写真を、目ざとく見つけていたのだ。
一方のイルーネは、提出期限ギリギリになっても、何も生み出せずにいた。
いや、術式は組み上げられ、何かを作るまでは出来ているのだ。
ただし──
「どいつもこいつも、風に吹かれただけで死にそうな輩だな」
宿題の手伝いをしているまゆ子は、イルーネの創造した生物にげんなりしている。
しなびた青菜のような耳と鼻の象を生み出したイルーネは、真っ赤な顔でうつむいていた。よくよく見れば象の体は、寒天のように半透明だ。
まゆ子は広げたノートに書かれた「象」の文字へ、赤ペンで×印をくわえた。
他にも犬、鳥、モモンガ、猿、豚、ヤギなどに×が付けられている。
真っ赤に染まりつつあるノートを見つめ、まゆ子は嘆息。
「動物は止めにしよう。貴様には向いておらん。いっそ、身近な人物を作り上げてみせよ」
びっくりしたように、イルーネが顔を跳ね上げた。一般的には動物よりも、人間の方が創造するのは難しい。
「アメーバみたいな人間しか、作れないかもです……」
「その時は燃やせばいい。どうせ動物も寒天状ではないか、気にするな」
椅子の上でふんぞり返って顎を動かし、イルーネへやれ、と促す。
根っからの子分気質である彼女も、渋々ながら魔素を取り込んだ。術式の連続構築で、額には汗がびっしり浮かんでいる。
それでも力を振り絞って生み出したのは、剣を携えし精悍な男性であった。上背があり、マントもよく似合っている。
「何故勇者を創造した!」
やや傷ついた声音で、たまらずまゆ子は立ち上がった。
憤慨しつつ悲しんでいる友人の心境がよく分からず、イルーネは勇者とまゆ子を交互に見た。
「勇者さまの肖像画なら、いろんなところに飾ってありますし……創造しやすいと思って……ほら、寒天じゃないですよ」
仁王立ちで微笑む勇者をつつき、その輪郭がくっきりしていることを主張する。
しかしまゆ子は、もちろんふくれっ面のままだ。
──何故、転生後もこやつの顔を見ねばならぬのだ──
彼女としては、肖像画や銅像だけでもお腹一杯なのだ。
「この勇者は、似ておらん。本物が、このように小綺麗であるわけがない」
恨みがましく勇者をにらみ、やけっぱちに指摘する。
やや垂れている琥珀色の目が、ぱちくりと大きくまたたいた。
「え? もっと汚いんですか?」
「当たり前だ。旅に出ているのだぞ。風呂に入れるわけがなかろう」
「なるほど……」
神妙にうなずき、イルーネは術式に改良を加える。
途端、勇者が全体的に埃っぽくなった。
この程度で溜飲が下がるはずもなく、まゆ子は更に注文を加える。
「もっとだ。体には魔獣の体液が染みついている。そう、もっとくすんだ緑色に染まっているのだ」
「ええー……やっぱり、臭いんですか?」
「当然だ。生ごみに類似した匂いを発していたぞ。また、全身生傷だらけであることも、忘れるなかれ」
「まゆ子ちゃん、勇者さまに詳しいんですね」
イルーネの驚きの眼差しに、まゆ子は密かにびくりとする。
「うう、うるさいっ。ともかく、髭も付けるのだ。そう、熊のような面構えであるぞ」
「はーい」
指示があればテキパキ動ける性質らしく、イルーネは細かな注文にも一つ一つ丁寧に応じていった。
そうして生まれたのが、小汚いという次元ではない勇者像。
魔獣の体液にまみれ、生傷だらけで埃っぽい、髭もじゃのオッサンだった。浮浪者の方が、ずっと爽やかだろう。
やり過ぎたかもしれない、と少女二人は完成品を前にして後悔したものの、提出期限はすぐそこだった。
「他に方法などないぞ、イルーネよ」
「うん、そうですよね……」
まゆ子が創造したガスマスクを被り、二人は力なくうなずき合った。
同じく創造されたゴム手袋をはめて、勇者改め悪臭発生器を、職員室まで運び入れる。
一瞬にして職員室は、阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。




