21:魔王さまと椅子
クロディーヌは、まゆ子達の学年における女王蜂だ。
取り巻きにかしずかれ、学校というカースト制度の頂点に君臨している。
横柄な態度がまた、その女王振りに拍車をかけていた。
「私、喉渇いちゃった」
そのクロディーヌが金髪をかき上げ、よく通る声を発する。
続いて、教室の隅でまゆ子と談笑する、イルーネに視線を縫い付けた。
「ねえイルーネ。ジュース買って来てくれない?」
ぎくり、とイルーネの体や表情が強張る。
怯えるその様に、取り巻きたちはクスクスと笑った。
「ほらー、クロディーヌのお願いよー」
「早く買って来なさいよ。それとも一人で行けないの?」
「眼鏡の魔女っ娘と、一緒に行って来たら?」
「何が魔女っ娘だ、私を軽んじるな」
──魔女ではなく、魔王と呼べ──
内側も外側も不機嫌に、まゆ子が勢いよく立った。
運動神経が悪いためか、はたまた運が悪いためか、立ち上がった瞬間に机で大腿部をぶつけたが、彼女は動じずクロディーヌを睥睨する。
「上に立ちたいならば、貴様が率先して動け。ふんぞり返っているが故、乳と態度ばかりが膨張し、脳と足が痩せ衰えるのだ」
「人のスタイルを、よくそこまで嫌味に褒められるわね」
「案ずるな、褒めてなどおらぬ」
胸と顎を突き出した体勢のまま、クロディーヌのこめかみに筋が浮き立つ。
ぎこちない動作で顔を傾け、彼女はまゆ子と向き合った。
「……本当に、嫌味なチビね」
「私はエネルギーを、無駄に使わぬのだ。コンパクトに、コスパ良く生きているので、な」
腕を組み、まゆ子もせせら笑う。
取り巻きたちも不穏を察知し、さざ波のごとく遠ざかった。二人──というかまゆ子の術式に巻き込まれたことが、一度や二度ではないのだ。
臨戦態勢に入った二人に、イルーネも慌てる。
相変わらず、彼女たちの沸点の低さには舌を巻く。
と同時に、これではいけない、と焦った。
いつも彼女の代わりに、まゆ子は怒ってくれるのだ。そしてやり過ぎては、教師に叱られている。
このままずっと彼女の陰に隠れ、助けてもらっていては駄目だ。
イルーネも、椅子を蹴倒して立ち上がる。
真っ赤な顔で、あわあわしながら彼女は叫んだ。
「やめっ、やめて下さい!」
しかし叫んだイルーネへ、クロディーヌが詰め寄った。
「何、やるの? やるわけ?」
捕食者の目と、視線がかち合う。
途端、イルーネの頭が真っ白になる。恐慌に陥った視界の隅に、転がった椅子が入り込む。
パニックになったイルーネはそれでも、なんとかしなきゃとおぼろげに考えた。
そして半ば無意識に手をかざし、でたらめに術式を構築する。
爆発音と共に、めちゃくちゃな術式が解放された。
そして、クラスメイトたちの姿が消え、代わりに色とりどりの椅子が現われた。
「あれ、あれあれ……?」
唯一の人影であるイルーネは、椅子の群れを見渡して目を丸くする。
「何してるのよ、あなた! 変身術を人にかけるなんて、ズルよ!」
目の前の皮張りソファが、甲高い声で叫んだ。
聞き覚えのある声に、ますますイルーネの目が大きく、丸く見開かれる。
「あの……クロディーヌさんですか?」
「そうに決まってるでしょ! この高級感から察しなさいよ!」
どすんばたんと上下して、ソファが怒鳴った。
どうやら視界に見とめた椅子を、咄嗟に術式へ組み込んだらしい。
しかし、まさかクラスメイト全員を変身させられるとは。
己の潜在能力に困り、イルーネは指をこねこね絡ませた。
そして後方を盗み見る。
「それじゃあ、この大きなのは……」
「うむ、私だ」
可愛い声で重々しくうなずいたのは、ドクロがいたるところにあしらわれた玉座であった。
親友らしき巨大玉座を見上げ、イルーネの眉が八の字に垂れ下がる。
「まゆ子ちゃん、何だか悪そうです……魔王の座る椅子みたい」
「そ、そうか?」
禍々しい玉座から、ぶわりと脂汗が浮き上がった。




