20:魔王さまと図書館
市立図書館で、まゆ子はハンカチを握り締めて号泣していた。
他の利用者はその様子にギョッとし、彼女の膝に置かれた本を見とめて、何とも形容しがたい微笑みを浮かべて立ち去っていく。
まゆ子が読んでいるのは、『ウシさんの一生』という絵本であった。
肉牛の生誕から出荷、そしてご家庭での変わり果てた姿をポエミィな挿絵と共に描いたものなのだが、存外生々しい。
日頃、何気なく食べていた牛肉へ思いを馳せると、なおまゆ子の涙腺は緩む。
ガーゼ生地のハンカチを目じりに当てた後、お約束、とばかりに大きく鼻もかむ。
本棚の物色から戻って来たイルーネも、その音に困り笑顔となった。
「マユコちゃんって、泣き虫さんですね」
「かつては涙など、一筋とて流れなかったのだが……」
不本意そうに、彼女は目をしばたかせている。
睫毛にくっついた涙の粒に、イルーネは小声で笑う。そして、かそけき声のまま問いかけた。
「昔って、小さな頃? 小さい時の方が、普通は泣いちゃいますよね?」
「幼少期、というよりも……」
前世の話なのだが、と言いかけて、寸前で飲み込んだ。語尾を曖昧に濁す。
前世うんぬんなどと話したら、なおさら痛々しい子として扱われかねない。
イルーネはしばらく首をかしげていたが、照れくさいのだろうと勝手に判断し、こちらも曖昧な微笑で話を打ち切った。
この間にも、まゆ子は一つのことを考えていた。
──通算すれば、かれこれ五十六年は生きているというのに……全く、なんと情けないことか。いや、待てよ?──
腕を組み、低く唸る。
父である将造の言葉が、脳裏をよぎったのだ。
曰く、「年を取って涙もろくなっちゃったよ」とのことだ。まゆ子が学年一位になった時、彼は泣いて大喜びしたのだが……それはこの際関係ない。
己も通算すれば、中年というか初老である。父よりも年上だ。
ひょっとすると、精神的に老いて来たが故の、落涙なのかもしれない。
そう考えると不安になり、まゆ子はイルーネのシャツを引っ張る。
「イルーネよ……」
「どうしました、マユコちゃん? 顔が真っ青だけど……貧血ですか?」
視線を彷徨わせて羞恥心と戦いながら、まゆ子は言葉を続けた。
「いや、そうではないはずだ。ただ、その……私は、臭くないか?」
「はい?」
「加齢臭は、しないだろうか?」
いっそイルーネは笑い飛ばしたかったのだが、友人があまりに真剣なため、つい真顔で首を振るのであった。
「大丈夫、さっき食べたクレープの匂いしかしません」




