19:魔王さまと元部下
「完成だ、完成したぞ!」
狭い自室に閉じこもり、まゆ子は盛大に哄笑した。
フハハハハ! ハーッハハハハハ!
娘の部屋から聞こえるその声に、将造はのけぞり、顔を引きつらせる。
「あの癖さえなければ、本当にできた娘なんだけどなぁ」
しかし、父のぼやきが彼女へ届くわけない。
もっとも本日、まゆ子が高笑いをしていたのには理由があった。決して、己のモチベーションを上げるためだけの、空高笑いではない。
かつての部下を探す術式が、ようやく完成したのだ。
正確には、転生した部下を探す術式、であるが。調べた限りでは、自分の死と前後して、魔王軍の幹部はほぼ全員死に絶えていたのだ。合掌。
もちろん、今のまゆ子は魔導学が得意なだけの、しがない高校生。扱える魔素の量も、中の上程度だ。
「体力がないのは困りものだ……本気を出そうものならば、我の命が危うい」
そうなるとまた、ウルリッヒに追われてしまう。絶対に嫌だ。
また、術式を発明したと言っても、探せる範囲は限られている。現在の実力ならば、せいぜい市内がいいところ。
それでも、ひょっとしたら、という願いを込めて、術式を構築する。
失せ物探し、生体探知、ついでに性格診断の術式。既存のものを一度分解した上で繋げ、一つの術式へ生まれ変わらせる。そこへ大気中に漂う、魔素を注ぎ込んだ。
「前世の同胞探し」という新しい意味を与えられた術式は、まゆ子を中心に四方へ飛び散った。市内の住人達の魂を、根こそぎ洗い出す。
意外なことに、すぐさま反応があった。
北西方向へ飛んだ一欠片が、なんと部下の生まれ変わりを見つけたのだ。
あまりにも、都合が良すぎないだろうか。
「よもや、術式に不備があったのでは……いや、ないはずだ」
ノートを広げて自作の式を再確認し、半信半疑で外へ出る。そして乗り合いバスに乗車し、北西を目指す。
車内でせわしなく眼鏡を触るまゆ子の胸中は、やや複雑であった。
かつての同胞を見つけ出せた喜びはある。
だが一方で、自分の作った術式への不安もあった。単なる勘違いではなかろうか、と。
生前の記憶があるとはいえ、こんな珍奇な探し物は、魔王時代にもしたことがない。
呼べばだいたい、三分以内に幹部たちは現れてくれたのだ。
順調に事が進んでいることへの恐怖も、もちろんあった。
どこかに落とし穴があるのでは、とひ弱な体は内心で怯えている。
──我も随分と、人間に感化されたものよ──
脆弱な己の精神に、ふ、とまゆ子は微苦笑を浮かべた。
そしてバスを降り、術式の欠片が知らせる、生まれ変わりの居場所へ向かった。
その人物は今、市民公園にいるという。
噴水のある、大きな公園まで近づくと、子供たちの歓声が聞こえてきた。
「まさか、幼子ではあるまいな……」
鼻にしわを作り、まゆ子はうめく。
何となく進入がためらわれ、遠巻きに公園を伺ってしまった。
これが、功を奏した。
幸いにして術式の欠片は、まゆ子と同世代の人物の上で、またたいていた。
まゆ子にしか見えない赤い閃光が灯っているのは、犬を連れた金髪の少女。
クロディーヌであった。
「ウフフ、ジョン! ジョンったら!」
少し馬鹿そうな大型犬を連れ、クロディーヌは爽やかに笑っている。
が、己へ突き刺さる視線に気づき、彼女はまゆ子の方を見る。たちまち、笑みが消え失せた。
「やだ。何であんたがここにいるわけ?」
腰に手を当て、高飛車に言い放つ。
いつもならばここで、まゆ子も毒を吐いての応酬となるのだが……今日は無言のまま、大股でクロディーヌへ近づき。
そして。
腹立ちまぎれに、ビンタをした。
魔王の所業とは思えぬ、無計画で勢い任せの一打だ。とはいえ、体はまゆ子なので、その勢いもたかが知れているが。
それなりに強くぶたれたクロディーヌは、赤くなった頬を押さえて目を潤ませる。
「何するのよぉ! お父さまどころか、お母さまにもぶたれたことがないのよ!」
「黙れ!」
怒鳴り返したまゆ子も、どういうわけか涙目であった。