18:魔王さまと照れ屋
オーナーに依頼され、この店への覆面調査をしているのだ、とウルリッヒは説明した。
それを話半分に聞きながら、まゆ子は憮然とする。
どこかがっかりしている友人に気付く様子もなく、イルーネは極めて真面目な顔で、何度もうなずいていた。
「イングヴァーさんは……」
「ウルリッヒでいいよ」
「はい。ウルリッヒさんは、探偵さんなんですね。素敵です」
「んなことないよ。映画やドラマみたいに派手なことなんて、そうそうないから」
「だけど調査だなんて、面白そうです」
頬杖をつくウルリッヒ・イングヴァー氏(年齢不詳)は、女の子が相手だからか、いつも以上に外面が健やかだ。
色々と、気に入らなかった。
そもそもまゆ子は、ウルリッヒと友人ではない。むしろ嫌い、というか生理的に怖いのだ。
そしてイルーネはおそらく、友と呼べる存在であろう。気が置けない間柄だ、と自覚している。
だからこそ、二人の食事を邪魔されているこの状況が、実に腹立たしかった。
ちゃっかり相席し、何食わぬ顔でコーヒーをすすっている顔も、一層神経をかきむしる。
ふ、と視線をまゆ子へ移し、イルーネはわずかに垂れ目を大きくした。
そして頬を赤らめ、はにかむ。
「マユコちゃん、可愛いです。ヤキモチですか?」
「な、なにっ?」
内心を見透かされたのか、とまゆ子は無意識に背筋を反り返らせた。
露骨な反応に、イルーネがますます笑う。
「大丈夫ですよ。彼氏さんを取ったりしませんから」
くすぐったい彼女の笑い声に、まゆ子は固まった。
数秒間石と化し、慌てて首を振る。
「か、彼氏などではない!」
青ざめて叫んだのだが、恋に恋するお年ごろには通じなかった。
「またまた、照れちゃって」
あろうことかウルリッヒへ目配せし、「よかったですね」などと言っている。
ウルリッヒもそれに便乗し、にっこりうなずいていた。
二人のやりとりを眺め、まゆ子はむっつりと口を尖らせる。
──ここまで「いけしゃあしゃあ」という言葉がふさわしい状況も、初めてであるぞ……それにしても、早く帰ってくれないかな。邪魔よね、この人……──
いつの間にか女の子言葉でぼやいていたことに気付き、大きく頭を振った。
ウルリッヒの登場によって場を乱され、心も乱されている。落ち着け、と己に念じ、同時に素数を数えて平穏を保つ。
──素数は孤独な数字。孤高の象徴たる我も、素数となるのだ……ああ、それにしても胃が痛い──
不自然に顔を歪ませるまゆ子を、ウルリッヒは爽やかさとは縁遠い笑みで眺める。
「イルーネちゃんばっかり相手したからって、そんなに拗ねるなよ」
勘違いも甚だしい見解だ。いや、彼の場合はわざとなのだろうが。
口を引き結んで、まゆ子はじっとりと唸る。
「世迷い事を。そのような愚行、我が犯すものか」
「またまた。可愛い奴め」
「ふざけるな!」
がなったものの、頬が赤くなる。
イルーネから、黄色い悲鳴が上がる。
「真っ赤! 真っ赤ですよ、マユコちゃん! やっぱり可愛いです!」
ウルリッヒのついでに、彼女にも怒鳴り散らしたかったが、顔を隠すので精一杯だった。
魔王よりも乙女が競り勝っている今、照れるなというのが無理な相談なのだ。
だって男の子──と呼ぶには少々薹が立っているが──に可愛いって言われたこと、ないんだもの。