17:魔王さまと髪の毛
イルーネにとって、まゆ子は憧れの存在であった。
運動こそできないが、学力は誰よりも高い。
そしていじめっ子を前にしても、彼女は決して引かない、媚びない、挫けない。
「貴様の店では、料理に髪の毛を入れるのか? 我の髪、だと? よく見ろ、こんな黒々しい髪の毛の中に、金髪が混ざっていると思うのか?」
今も尊大に、飲食店店員へ文句を言っている。
最初は疑いの眼差しであった店員も、髪の色を指摘されて、慌てた様子を見せている。
なお、まゆ子はもちろん黒髪、イルーネは茶髪である。
店側は結局、平謝りをした上で、料理を作り直すことにした。
縮こまる店員へも、まゆ子は鷹揚な態度を崩さない。
「うむ。以後、気を付けたまえ。一瞬の気の緩みが、貴様らの命取りになると肝に銘じるのだ」
大袈裟だな、と思いつつ、イルーネは感動していた。
自分ならば店員に言い返された時点で、髪の毛入りパスタを大人しく食べていただろう。
安価なサービスと飲食を提供しているカフェならば仕方ない、と己に言い聞かせて。
「やっぱり、格好いいです……」
琥珀色の垂れ目を輝かせ、自分よりも小柄な彼女を心理的に見上げる。
何がだ、と問う代わりにまゆ子は、腕を組んだまま首をかしげる。
少しばかり上ずった声で、イルーネも興奮気味に応じた。
「だって店員さんにも、きっぱり物を、言えるんですよ」
「言って当然だ。我……私は金銭を払うことにより、料理とサービスを提供されている身ぞ。サービスの要求は、我ら客側の権利だ」
片眉を持ち上げ、まゆ子は当然、とばかりに言い切る。
やっぱり素敵だ、とイルーネはまた感動する。
「私も……マユコちゃんみたいな、一流のクレーマーになりたい……」
「嫌な言い方をするな。お店に誤解されるだろう」
タイミング良く新しい料理が運ばれたところだったので、なおまゆ子は慌てた。
悪い子ではない、と理解しているものの、イルーネはどこかとぼけている。
否。どこか、というよりも全体的におとぼけだ。
──彼女を虐げる、クロディーヌ共の心情も、理解出来ぬわけではない──
心外だと口を尖らせながら、こっそりまゆ子はいじめっ子どもへ共感する。
全身からいじめてちゃんオーラを発する友人を、生暖かい目で見つめる彼女の肩を、誰かが叩いた。
振り返り、彼女は石と化す。
固まるまゆ子を気にも留めず、男は飄々と笑った。
「店側とトラブルあったの? ちょっと俺にも、教えてくれない?」
くたびれたスーツ姿のウルリッヒを見上げ、まゆ子は頬をひくつかせている。