13:魔王さまと尾行
「妹と久々のおでかけなんです。可愛く着飾ってもらえませんか? 背伸びして、ここの服を着たいって聞かないんですよ」
ウルリッヒのこの嘘を、店員たちは信じた。
それが表面的なものか、はたまた本心なのかは分からないが、まゆ子にとって彼女たちは無能でしかなかった。
だが見立てに関しては、なかなか有能。
無難なブラウスとスカート姿でまとめたが、どちらもクラシカルかつ品が良い。店員の厚意によって薄化粧も施されたまゆ子は、どこに出しても恥ずかしくない令嬢だった。
艶やかな長い黒髪も、キリリとした双眸も、気品に拍車をかけている。
「馬子にも衣装だな」
「愚弄するな」
眼鏡をかけ直し、にやけ面のウルリッヒをねめつける。
そして、前を歩くカップルを追いかけた。
何のことはない。ウルリッヒの仕事とは、浮気調査であった。
ただし依頼人の夫が逢瀬の場所と選ぶのは、カップルが多い中心街。凄まじい度胸である。
「休日に一人で歩いてるとな、結構目立つんだよ。助かる」
灰色がかった金髪をかき回し、彼は少しばかり、ばつが悪そうに笑う。
生真面目な表情で、まゆ子も軽く首肯した。
「事情は分かった。しかし、何故我なのだ」
続いて、細い首をかしげる。
鳶色の瞳が、何度かまたたく。
「そりゃ、君が一番利用しやすいというか、なんというか」
「あからさまに答えているではないか」
まゆ子は憮然と応酬した。もちろん一連の会話は、小声である。
──勇者一行を尾行した時に似て、何だか楽しいではないか──
心の中の魔王が、少しばかり沸き立っていた。魔王という立場にあったが、まゆ子は現場で動くことが好きだったのだ。だからこその、マッチョ体型であった。
文句を言いつつ、非日常的な行動に彼女も乗り気であった。
だが、可愛い雑貨が窓辺に並べられた店を横切った時、ふと思ってしまった。
──どうせならパパや、イルーネと来たかっ……──
「何を考えているのだ、我は!」
思わず頭を抱え、声を荒げてしまう。ぎょっ、とウルリッヒが眠そうな目をむいた。
「マユコ、うるさい」
小声でいさめるも、前方を歩く浮気カップルが振り向いてしまっていた。
訝しげに、こちらを見ている。
調査対象の中年男性と目が合い、思わずまゆ子の肩が跳ねた。
まずい、と彼女が慄くより早く、ウルリッヒは動いた。さすがは探偵だ。
彼はのけぞっているまゆ子の腰へ腕を回し、強引に手繰り寄せる。
もう一方の腕は、目を見開いている彼女の後頭部へ。
そして白昼堂々、ズキュンと熱烈なキスをぶちかました。
まゆ子の思考が停止する。
周囲からは冷やかしの口笛や、何故か歓声が上がる。
幸いにして浮気カップルも、同じように指笛を吹いていた。二人に当てられた、と勘違いしたのか、先ほどよりも密着して、いちゃついている。
ウルリッヒはこれ幸い、とジャケットの袖口に隠した小型カメラで、二人の様子を撮影する。
周囲にたっぷり見せつけて、ようやくまゆ子を解放した。
「悪かったな、ごちそうさん」
悪びれの欠片もない、どこまでも清々しい台詞であったが、まゆ子は怒鳴り返さなかった。
例によって覇王めいた口調で怒られる、と覚悟していたウルリッヒは、片眉を持ち上げて彼女の顔をのぞきこむ。
彼女の顔はあり得ないぐらい、赤くなっていた。赤ペンで添削された、〇点の答案みたいだ。
「おい、マユコ?」
顔の前で手を振り、ウルリッヒが呼びかけるも、未だ反応はない。
「まさか、キスもまだ──」
だったのか、と問いかける前に、まゆ子は仰向けに倒れた。
頭を石畳にぶつけた音が、ごっちん、と響く。