表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/43

12:魔王さまと訪問者

 朝早くの来客を知らせるブザーに、まゆ子は眉をひそめた。


 しかし父・将造はトイレにこもり、軟便と格闘中である。彼女が出るより他ない。

「時間を考えられぬのか、愚物め」

 まだ見ぬ来客者へ悪態を付き、ぶっきらぼうに扉を開ける。


 そして、レザージャケット姿のウルリッヒとご対面した。

「ひええええぇぇぇ」

 魔王らしからぬ、むしろ老婆のような悲鳴を上げ、まゆ子はへたりこむ。


「君、色々ひどいな」

 腰が抜けた姿を見下ろし、ウルリッヒはひっそりと顔をしかめている。


「どうしたまゆ子! 強盗か!」

 勢いよくトイレットペーパーを巻き取る音、水を流す音が聞こえれば、将造がトイレから飛び出してきた。手は洗っていないようだ。


 ラバーカップで武装した将造だったが、ウルリッヒを見とめるとすぐに相好を崩した。

「なんだウルちゃんじゃないか」

「どうも、お義父さん」

 ウルリッヒも、にっこり笑い返す。


「パ……父をお義父さんと呼ぶな!」

 スカートを広げてへたり込むまゆ子が、声だけで威嚇する。

「朝から来るな、事前に連絡を入れろ。そして父に用があるなら、とっとと帰れ。本日彼の者は、大学時代の後輩と釣りだ」

 続けて矢継ぎ早にたたみかけ、「帰れ」のジェスチャーを示す。


 だがウルリッヒは、立てた人差し指を左右に振り振り、「違うね」と答える。

「君に用があってね」

「は?」

 目が、点になる。


 ぽからん、と真っ白になった彼女へ構わず、ウルリッヒは将造に尋ねた。

「お義父さん、まゆ子ちゃんをお借りしても?」

「ああ、いいよ」


 そして父も、ラバーカップ片手に快諾した。まゆ子は愕然とするしかなかった。



「何故我が、貴様に付き合わねばならぬのだ」

 渋々アパートの外へ出るも、まゆ子は嫌悪感を隠さない。

「ちょいと仕事を、手伝ってもらいたいだけだ」

 無精ひげの生えた顎を撫で、ウルリッヒはあっけらかんと言った。


「ああ、仕事と言ってもこっちの……探偵業の方だから、安心してくれ」

「安心するか」

 気丈にも、まゆ子は吐き捨てるように言った。前世は魔王なのだ、役人風情になめられるわけにはいかないのだ。


「まあまあ。悪いようにはしないからさ」

 彼女の空威張りを笑い飛ばし、ウルリッヒが先行する。

 その背中を眺め、まゆ子はこっそり踵を返そうかと考えた。


 しかし聡いウルリッヒが、素早く櫂を出現させて握り締めたため、冷や汗混じりに付き従うこととなった。

 その気配を察知し、ウルリッヒは櫂を片手に口笛を吹く。


──おのれ、どこまでも我を馬鹿にして……我が真に復活した暁には、八つ裂きにしてくれようぞ──


 ぎりぎりと、まゆ子は歯ぎしりをした。



 無言のまま歩くこと、十五分程度。

 着いた先は、とあるアパレルショップであった。

「服なら間に合っている」

 むっつり、まゆ子は口を尖らせる。


 加えてその店の対象者は、二十代から三十代の働く女性。学生かつ十代のまゆ子にとっては、少々荷が重い。


「いやいや、仕事用の変装だから。だって」

 櫂をかき消して振り返り、ウルリッヒはまゆ子を見下ろす。そして頭の先からつま先まで、長々と彼女を観察した。


「君の格好は、幼くて地味だ。俺が連れ歩くと、色々やばい」

「服など、着られればいいのだ。むしろ貴様は、今すぐ誘拐の容疑で捕縛されろ」

「後頭部ぶん殴って、冥府に強制送還してやろうか?」

「ひぇっ」


 あっさり殺害予告をするから、まゆ子の乙女部分が思わず慄いてしまう。

 たじろいだ彼女の腕を掴み、開店直後の店へウルリッヒが進軍する。


「心配するな。俺も女の服を見る目はない。店員さんに似合うものを選んでもらうさ」

「案ずるな、と言う方が無茶である。そもそもその金は──」

「経費で落とすから、気にすんな」

 ちらりと傍らを見て、ウルリッヒは笑った。


 それならいいか、とまゆ子は入店しながら妥協してしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ